【2020×TOYO】成長期の「食」が人生のカギ!女性アスリートの食事に専門家が鳴らす警鐘とは

スポーツは本来人生を豊かにしてくれるもの。しかし、教育現場である部活動においても、適切な食事管理までは行われることが少なく、健康を損ねてしまうケースも聞こえてきます。

成長盛りの児童・生徒・学生たちが思いっきり部活動に打ち込むためには、どのような食事を摂るべきなのでしょうか。

東京五輪に向け、女性アスリートの栄養的課題をご研究の東洋大学食環境科学部 林清先生と太田昌子先生にお話しをうかがったところ、現代のスポーツ教育の抱える課題が見えてきました。

シリーズ【2020×TOYO】とは?
アスリートが最高の結果を出すために、そしてすべての人が幸せに生きる社会をつくるために。2020年に向け、東洋大学ではオリンピック・パラリンピックを推進し、2020年以降の社会に貢献するべく、さまざまな研究が行われています。このシリーズでは、それらの研究の一部を皆さまにご紹介していきます。

競技力向上のため安易に行われる「食事制限」


画像:食環境科学部健康栄養学科 准教授 太田昌子先生

――スポーツに打ち込む成長期の女性が食事面で気をつけるべきこととは何でしょうか。

太田「一般的に20歳までは成長期(発育・発達期)といい、体格が大きくなったり、生殖機能が完成形に近づいていきます。身体の発育・発達には多くのエネルギーが必要なのに加え、スポーツを行う場合、消費分のエネルギーも補う必要があることから、成長期は人生において『食べることが最も重要な時期』とも言えるでしょう。

しかし、時に競技成績を重要視するあまり、監督やコーチなどが成長期の女性選手に過度な『食事制限』を課してしまうこともあるそうです。

――「食事制限」をすることで競技成績に良い影響が出るのですか?

「新体操など、見た目が成績に影響する『審美系』と言われる競技や陸上中・長距離などの『持久系』競技は、体重が軽いほど競技成績が伸びるということがよく起こります。

そうなると、監督やコーチはますます『食事制限』を課し、競技者本人も『食べない方が調子いい』と信じきってしまいます。確かに、中学生や高校生の時は、『食事制限』をしても競技成績は伸び、体には何の異常も起きないという事例もあるのですが……。実はこのことで彼女たちはのちに大きなツケを払うことになるかもしれません。」

成長期の「食事制限」の代償とは

――成長期の「食事制限」はどのような問題を引き起こすのですか?

太田「まず、いわゆる『転換期』をうまく乗り越えることができず、競技からドロップアウトするリスクが高くなります。『転換期』とは、体が成熟を迎える20歳頃を指し、多くの競技において『ジュニア』と『シニア』が分かれる時期です。

陸上長距離ならば、高校生は3,000mの競技成績を競うだけであったのに対し、大学生になると5,000mや10,000m、将来はマラソン(42.195km)で勝負しなくてはならず、必然的にトレーニング内容も変えていく必要が出てきます。しかし、成長期の『食事制限』によって身体が成熟しきれていない選手は、体力や筋力、そして持久力が足りず、練習についていけなくなったり、怪我などのトラブルに見舞われやすくなるのです。

実際に、ジュニアでは飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していた人が、年齢を重ねるにつれてぱったりと実績をあげられなくなるケースが見受けられます。このような選手はレースの時だけ結果を残せるように限界で調整している状況を例えると、ギリギリの量のガソリンで整備されている “レーシングカー”と似ています。」

――「食べずに競技成績を上げる」という方法は通用しないのですね。

太田さらに成長期の『食事制限』は、健康面にも暗い影を落としかねません。

一番多いのは貧血です。さらに、持久力の源となるエネルギーが不足するとある一定のラインで月経がストップします。3か月以上月経が来ないことを『無月経』と定義しますが、『無月経』を経験する選手は非常に多いのです。月経の乱れは、将来の妊娠・出産などのライフイベントを考えても望ましいこととは言えません。

加えて、女性の場合とても深刻なのが『骨粗しょう症』です。人間の骨量(骨密度)は、20歳でピークを迎え、上限が決まります。つまりこの時期までに食事や運動によって十分な骨量を蓄積できなければ、更年期を境に『骨粗しょう症』のリスクが高まるのです。

 

画像:食環境科学部食環境科学科 教授 林清先生

――無計画な「食事制限」によって失ってしまう可能性があるのは、競技人生だけではないのですね。

アスリートに限らず、日本人の女性は『痩せている方が良いのではないか』という考え方が根強く、国際的に見てもBMI※が18.5未満の女性が非常に多いという特徴があります。すでに欧米諸国では、BMIが18.5未満のモデルは起用しないなどの規制が強く打ち出されるようになっています。日本においても、無計画な『食事制限』によって生じ得る問題を見越して、今後さらなる対策がなされるべきだと思いますね。」

※BMI= 体重kg ÷ (身長m)2の式で求められる体重と身長の関係から肥満度を示す体格指数。18.5未満で「やせ型」と判断される。

競技引退後の人生を考えた食生活を

――それでは、具体的にスポーツに励む成長期の女性はどのような食事をとればよいのでしょう。

太田「まずは、安易な食事制限は絶対に行わないことです。体型の指標であるBMIが18.5を下回ることのないようにしっかりと食事を摂ってください。摂取カロリーの目安は、日本人の食事摂取基準(厚生労働省)に示されていますので参考にしてみてください。

そして、普段の食事内容を栄養計算するのは難しいので、まずは、1日3食を食べて、主食・主菜・副菜に牛乳・ヨーグルトなどの乳製品を加えるということを意識していただければと思います。

また、貧血対策にはやはり鉄分。鉄は日本人に一番不足しているミネラルです。初期の鉄欠乏性貧血の方は、レバーや切干大根、小松菜など鉄を多く含む食品を何か1品、毎日食べることをおすすめします。

女性アスリートのためのクラウドキュレーティングシステム

「これら女性アスリートの栄養的課題を解決するために、現在、『東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成制度』の採択を受け、食環境科学部で研究を進めているのが、女性アスリートのための『クラウドキュレーティングシステム』の構築です。

これは、選手が健康を害することなく最高のパフォーマンスを発揮するための“コンディショニング”を数値化し、選手の状態を可視化しようとする取り組みです。

スポーツにおけるパフォーマンスは、選手の能力、技術の他に環境や体調、モチベーションなど様々な要素が絡み合っています。この『クラウドキュレーティングシステム』では、身体状況(身長・体重・体脂肪率)、生体情報(血液・生理学・生化学)、行動情報(身体活動・食事・睡眠)、精神情報(心身の健康・メンタルストレス)などの膨大なデータから、数値で示せる情報のみを集めて、その選手のコンディションを時系列的に診断します。

現在は試作段階ですが、このシステムが一般にアプリなどで提供できるようになれば、監督やコーチなどがより科学的根拠に基づいた指導を行うための参考になると考えています。

――安易な「食事制限」の防止にも有効なシステムですね。最後にスポーツにうち込む女子生徒・女子学生やその親御さんに向け、メッセージをお願いいたします。

太田「時に、スポーツの現場では、『今、結果を出す』ことに囚われて、長期的視点の不足が指摘されることもあります。

しっかりと食べられていますか?
激しく体重が増減していませんか?
月経や基礎体温の周期は一定ですか?

競技者の皆さんは、まずはこうした『己を知る』ことで自分の中に指標を持ちましょう。そうすることで小さな体調の変化にも気がつくことができます。そして、競技者を支える方は、どうか競技を引退後の人生も考えたうえでアドバイスをしてあげてください。より多くの人がスポーツとの素晴らしい関係を続けていけることを願っています。

 
<プロフィール>

林 清(はやし きよし)
東洋大学 食環境科学部 食環境科学科 教授

農学博士。日本応用糖質科学会 会長。生活科学、食生活学を専門とし、食と健康や食品加工に関する研究を行う。主な共著に『食品技術総合事典』(朝倉書店)、『総合調理用語辞典』(凸版印刷)

 

太田 昌子(おおた まさこ)
東洋大学 食環境科学部 健康栄養学科 准教授

博士(学術)。栄養学、食品科学を専門とし、スポーツ栄養学や食品の機能性表示、サプリメントに関する研究を行う。主な共著・論文に『現代の養生訓-未病を治す』(中央法規出版)、『女子長距離陸上選手を対象とした疲労骨折のリスク評価法の検討』(医と食37号)

 
■東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成制度
東洋大学では、2017(平成29)年度からオリンピック・パラリンピックに関する特別プロジェクト研究助成制度を設け、「ライフイノベーション(食・健康分野における科学技術)によるアスリート育成」「バリアフリーの更なる発展(パラリンピックを契機とした障がい者スポーツの発展と共生社会の実現)」など、その研究成果がオリンピック・パラリンピックへの貢献につながることが期待される学内の研究プロジェクトに対し研究費を支援し、積極的に研究活動を推進している。