放っておくと怖い「睡眠負債」。寝不足がもたらす心身への影響と対処法を大学教授に聞いた

最近、ぐっすりと質のよい睡眠がとれたのは、いつごろか覚えていますか?忙しい日々のなかで疎かにされがちな睡眠ですが、放っておくと睡眠不足の蓄積が心身に悪影響を及ぼす『睡眠負債』を抱えてしまう恐れがあります。

「睡眠障がい」や「夢と睡眠の関係性」、「認知行動療法」、「労働者のメンタルヘルス」などを研究する東洋大学社会心理学科の松田英子先生は、臨床心理士として、「眠れない」「嫌な夢を見てしまう」という人や、メンタルヘルスに悩む人の支援も行っています。

今回は松田先生に、睡眠負債の症状やチェックリスト、睡眠負債が引き起こす心身への影響、睡眠負債を解消する効果的な方法についてお話を伺いました。

【チェックリスト】『睡眠負債』を抱えている人の症状

『睡眠負債』を抱える人の多くは、自覚していない場合がほとんどだと言われています。不調を見逃さないよう、まずは以下でチェックしてみましょう。

✓ 目覚めが悪い
✓ 日中でも眠気がある
✓ 体がだるい
✓ やる気が出ない、鬱々とする
✓ 体調を崩しやすい
✓ イライラしやすい
✓ 太りやすい

これらの項目に心当たりのある人は、もしかすると『睡眠負債』を抱えているかもしれません。このような日中の不具合が起こる原因が睡眠の場合は、睡眠の改善が有効です。この記事で『睡眠負債』への理解を深め、対策をはじめてみてはいかがでしょうか。

『睡眠負債』とは?


画像:東洋大学社会学部社会心理学科 松田英子教授

――『睡眠負債』とは、何なのでしょうか?

『睡眠負債』とは、慢性的な睡眠不足の状態が続き、その負債が蓄積されて心身へ支障をきたしている状態のことです。適切な睡眠時間には個人差があり、職種や日中の活動量によっても変わりますが、一般的には6.5時間から7時間程度とされています。

たとえば、適切な睡眠時間が7時間の人が5時間しか眠れていない場合、10日間で20時間、30日間では60時間の『睡眠負債』を抱えることになります。」

日本人が『睡眠負債』を抱えやすい原因とは


参考:OECD「Gender date portal 2020」データより

「OECD(経済協力開発機構)がまとめたデータによると、日本人の睡眠時間は加盟国の中でもっとも短く、平均を大きく下回っています。また、厚生労働省の調査によると、40〜50代の半数程度は6時間未満の睡眠時間となっています(厚生労働省 平成30年「国民健康・栄養調査」より)。」

――日本人が『睡眠負債』を抱えやすいのは、なぜなのでしょうか?

「日本人のなかでも、40代女性の睡眠時間は世界一短いという結果が出ています。原因として考えられるのは、現代社会ではやるべきことが多く、仕事以外にも家事や育児などが山積みで、睡眠時間を犠牲にせざるを得ないことが挙げられます。また、長時間の通勤による影響やスマートフォンやPCなどの普及による夜型の生活、仕事のストレスからくる不眠も関係しています。

対照的に、中国は東アジアの中でも睡眠時間が長いのですが、これは国民性によるものと言われています。中国人は、子どものころから『よく食べ、よく運動し、よく寝る』という習慣が根付いていて、食事と同じくらい睡眠を大切にしています。また、大学生になっても寮生活をする人の割合が多く、十分な睡眠時間を確保できているようです。」

『睡眠負債』がもたらす不調とは


――『睡眠負債』はあらゆる病気と関連していると言われますが、具体的にどのような不調を招くのでしょうか?

「『睡眠負債』が原因で引き起こす身体の不調には、<肉体的な不調>と<精神的な不調>があります。具体的には、以下のような症状が出ることがあります。」

<肉体的な不調>
・疲労感や倦怠感
・免疫力の低下
・肥満
・糖尿病や脳卒中、高血圧などの生活習慣病の悪化  など
<精神的な不調>
・認知力や判断力の低下
・不安定な感情
・抑うつ状態  など

――精神的な不調は、認知力の低下や感情面に影響を及ぼすのですね。

「はい。睡眠には『レム睡眠』と『ノンレム睡眠』があり、いわゆるストーリー性のある夢はレム睡眠中に見ます。そして、現実に見聞きした要素が夢に現れることで記憶の整理や定着、感情の適正化がなされ、怒りや悲しみなどの感情を鎮静します。

しかし、睡眠が不足するとレム睡眠も短縮されます。その結果、本来なされるはずの記憶や感情の調整がしきれず、認知力や判断力などの認知機能の低下やネガティブな情動が残るというわけです。」

――なるほど、夢を見ることにはそのような効果があったのですね。でも、睡眠が肥満や糖尿病などを悪化させる原因にもなるというのははじめて知りました。

「『睡眠負債』は、単に身体の疲れが残りやすくなるだけでなく、血行や代謝の悪化によって肥満の原因となります。また、甲状腺ホルモンや副腎皮質ホルモンの分泌が乱れ、血糖値や血圧にも悪影響を及ぼし、高血圧や糖尿病、脳卒中などの生活習慣病の発症リスクを高める可能性があります。

実は、他国に比べて日本人は子どものころから睡眠時間が短い傾向にあり、将来の成長へのマイナスの影響が危惧されます。また、大規模で長期間にわたるコホート研究では、生存率に関わる大きな病気の影響や年齢を統制したとき、睡眠時間が6.5時間から7時間の人がもっとも寿命が長いこともわかっているのです。」

『睡眠負債』を解消するための4つのポイント

①自分にとって適切な睡眠時間を知る

――『睡眠負債』を解消するためには、まず何をしたらよいのでしょうか?

「最初に、自分にとって適切な睡眠時間を把握する必要があります。適切な睡眠時間とは、『日中に眠気がなく、活動に支障が出ない睡眠時間』ということで、個人差は大きいです。これを把握するためにまずは目安とされる6.5時間を基準に考えてみるとよいでしょう。」

――自分の『適切な睡眠時間』を計測するときのポイントはありますか?

「一日の体内リズムをつくるとされるホルモン『セロトニン』は、朝日を浴びるタイミングで多く分泌されます。そのため、起きる時間を基準に就寝時間を調整するのがおすすめです。たとえば、7時が起床時間なら、逆算して0時半に布団に入ります。それで日中の活動に支障がでるようであれば、寝る時間を30分延ばして0時に布団へ入る、というように段階的な調整をしていきます。

ただし、寝ようと思った時間にうまく入眠できない人もなかにはいます。そうした人は、睡眠効率を確認しましょう。睡眠効率とは、『睡眠時間/布団に横になっていた時間×100』で導き出せる数値で、この睡眠効率が85%を下回っていなければあまり気にしなくて大丈夫です。

それから、睡眠時間を計算するときは、昼寝やウトウトした時間も加算しましょう。よく相談に来られる方のなかには、たくさんお昼寝をしているため夜に眠れなくなっている方もいます。適切な睡眠時間は日中の作業内容や活動量によっても変化するので、より正確な記録のために睡眠手帳をつけるのもおすすめですよ。」

――もし睡眠効率が85%を下回っても入眠できない場合は、どうしたらよいのでしょうか?

「認知行動療法の観点から言うと、『条件づけ』が有効です。これは、『寝室や布団は寝るための場所』だと認識させる方法です。スマホや本など余計なものは持ち込まず、眠くなってから布団に入るようにしてください。もし眠れない時間が30分に達したら一旦布団から出ます。そして、眠気が現れるのを待って、再度布団に入りましょう。これが定着してくると、布団に入ると眠くなるように身体が認識してくるようになります。」

②質の良い睡眠をとる

「『睡眠負債』を解消するためには、質の良い睡眠をとることも大切です。そのために、快適な睡眠を得られる環境を整えましょう。快眠を得る方法は人によって異なりますが、方法としては以下のようなものがあります。」

<環境>
・照明は優しい暖色を選び、できるだけ暗くする
・寝返りをうてる大きさの寝具を選ぶ(寝返りはレム睡眠とノンレム睡眠のスイッチになる)
・室温ではなく、布団の中の温度を快適に保つ(約33℃が適温)
・好きな香りの柔軟剤やアロマを使う(ラベンダーやウッド系がおすすめ)
・掛け布団を軽いものにする(重く感じたら「睡眠の老化」がはじまっている合図)
<行動>
・就寝前の過食や大量の飲酒を控える(アルコール摂取は眠くなるけど、途中で目が覚めたり、起きるのが早くなる)
・就寝前のテレビ鑑賞やスマホ使用を避ける
・運動不足の人は、心地よい疲労感が得られる程度のストレッチを行う
・入浴してから布団に入る(体温の下降で眠気が増す)
・カフェインレスのホットドリンクを摂る
・アイマスクを着ける
・明日のことをくよくよ考えない
・頻繁に時計を見ない

とくに光は睡眠と密接に関係しているので、照明を優しい暖色のものに変えるだけでもとても効果的です。また、不眠症の人にとくに多いのが、明日のことを考えて眠れなくなってしまったり、『早く寝なくちゃ』と時計を見て自分にプレッシャーを与えてしまっているケースです。これらはいずれも眠れない原因となってしまう可能性があるので、眠る前はできるだけ頭の中をオフにして布団に入るように心がけましょう。」

③光と夢をコントロールする

「睡眠はスムーズな入眠だけでなく、目覚めよく起きることも大切です。入眠時は遮光カーテンが良いのですが、逆に目覚めるときには体内リズムを整えるため、たっぷり朝日が入る透過性のあるカーテンにするのが良いでしょう。自分では難しいので、実行する場合にはご家族の手助けが必要かもしれませんね。医療現場では起床時間の2〜3時間前から高照度の光を当てることが多いです。

また、嫌な夢を見ると目覚めが悪くなるため、悪夢を見ないようにコントロールすることも必要です。寝る直前に見たり考えたりすることでストレスが生じ、悪夢をみる引き金となる可能性もあるので、寝る前にネガティブ思考を反芻しないことも大切です。」


④15分程度の短い昼寝

――よく眠れなかったときや休みの日に、昼寝や寝溜めをすることは効果がありますか?

「昼寝や寝溜めについては賛否両論ありますが、寝るゆとりがあるのならば、なるべく寝たほうがよいでしょう。『睡眠負債』の解消とまでは難しいかもしれませんが、昼寝のような超短時間睡眠には、認知症予防や学習効果の向上などの効果も期待されているからです。とくに眠気が生じやすい13時から16時の間の昼寝がおすすめです。ただし、昼寝が長いと夜眠れなくなってしまうので、なるべく15〜20分程度にとどめることを意識してください。」

――4つのポイントを実行しても眠れない状態が続く場合は、どうするべきでしょうか。

「まずは、眠れないという悩みをご家族などに相談してみてください。快適な就寝環境づくりのサポートをしてもらえることもあるでしょうし、なにより気持ちが楽になるでしょう。それでも変化がない場合は、スリープクリニックや睡眠外来に相談することをおすすめします。専門的な知見から診断し、不眠の原因を見つけて計画的な治療を行うことができますよ。」

『睡眠負債』が蓄積される前に、早めの対策を


――慢性的な睡眠不足は、時により心身の健康をも脅かす危険性があることを教えていただきました。日々の忙しさから眠さを我慢して生活することは、実はとても怖いことなのですね。

「そうですね。仕事が忙しかったり、やることが片付かなかったり……、現代では仕事や時間に追われたときに、まず睡眠を犠牲にしてしまう方が多いです。ですから、寝不足を自覚している方や、すでに『睡眠負債』に陥っているという方は、慢性的な睡眠不足を解消するために、自身の睡眠について一度振り返ってライフスタイルを改める必要があるでしょう。

睡眠は食事と同様に、健やかな身体をつくるとても大切なものです。睡眠が自分の身体にどれだけの影響を及ぼすのかをしっかりと認識し、日頃からきちんと睡眠時間を確保する意識が必要です。ご自身の睡眠や睡眠環境、できれば普段の生活を見直すきっかけに、この記事を役立てていただければ幸いです。」



<プロフィール>
松田 英子(まつだ えいこ)
東洋大学 社会学部 社会心理学科 教授
博士(人文科学)、公認心理師、臨床心理士。江戸川大学教授、放送大学大学院客員教授などを経て、2015年に東洋大学社会学部社会心理学科に着任。著書に『図解 心理学が見る見るわかる 「心」の働きを確かめるための78項』(2003年、サンマーク出版)、『夢想起メカニズムと臨床的応用』(2006年、風間書房)、『夢と睡眠の心理学 認知行動療法からのアプローチ』(2010年、風間書房)などがある。

◎朝日出版社ウェブマガジン“あさひてらす”で連載中「夢をデザインするー夢の世界の住人ー」
あなたは毎晩見る夢を楽しんでいますか?―あさひてらす―

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