「もしかしたら“産後うつ”かも…?」子育て期を上手に乗り切るために大切なこととは

家族が増えることの幸せ、出産・子育て…。多くの人は、このライフイベントを順風満帆な人生の一部と思われることでしょう。しかし、無事出産し、我が子と出会えたにもかかわらず、思わぬ苦しみに直面する母親たちがいます。いわゆる「産後うつ」の状態です。

産後うつに悩む母親に対し、周囲の人は何ができるのでしょうか?また、子育てをする母親たちは、そこからどのように立ち直っていくのでしょうか?

今回は、教育臨床心理学を専門とし、これまで保育や子育てについてさまざまな実践的研究を行ってこられた東洋大学ライフデザイン学部生活支援学科子ども支援学専攻の中原美惠教授に、産後うつを引き起こす要因やその対処法についてお話を伺いました。

データから読み解く、産後うつの現状


画像:東洋大学ライフデザイン学部生活支援学科子ども支援学専攻  中原美惠教授

――「産後うつ」について、教えてください。

「産後うつとは、一般的に産後約1か月以降にあらわれるうつ状態を指します。赤ちゃんのお世話をする気力がなくなったり、『自分にはうまくできない』と子育ての自信をなくし、ネガティブな感情が次々出てきて、食事や睡眠が十分にとれない状態が続いたりします。日本ではおよそ3割の人が産後うつの症状を示すと言われ、多くの母親を悩ませている症状です。」

――具体的にどのような症状が表れるのでしょうか?

いわゆるうつの症状ですから、疲れやすい、いらいらする、何でも悲観的に考える、赤ちゃんのことがいろいろ不安になるといった感情の変化に加え、ご飯が食べられない、眠れないなどの症状があらわれます。周りの人が症状に気づいても、初期には、本人が意外に自覚できていない場合も多いようです。

“マタニティブルー”と言われる産前・産後にあらわれる身体や心の変化も「産後うつ」と症状が似ていますが、こちらは、1,2週間で消える一過性のものを指します。マタニティブルーは、ほとんどの母親が体験すると言われ、「そうした感情を抱くことは自然なこと」と本人も周囲も受けとめやすいようです。

しかし、産後うつの場合は、出産後しばらくたって発症するので、赤ちゃんとの生活の中で母親自身が自分の変化に気づかないことも多いと言われています。本人が不調に気づかないまま症状を悪化させてしまう場合も少なくありませんし、家族に知識がなかったために、適切な対処ができず、深刻化した例もあります。これが産後うつの怖いところです。まずは「産後うつ」を正しく理解をすることがこの問題を解決する第一歩になると考えています。」

――実際に産後うつの症状を悪化させ、自ら命を絶ったお母さんもいると聞きますが…。

「産後うつと自殺に関しては、2018年9月に国立成育医療研究センターが発表した妊産婦の死亡に関する研究データをご紹介したいと思います。2015年1月1日〜2016年12月31日までの2年間について、65,442件の死亡データ(12-60歳女性)から妊娠中および産後1年未満に死亡した女性のデータだけを抽出して分析した結果です。そこから、全357例の死亡事例中102例が自殺によるものであり、中でも出産後1年未満の自殺が92例にのぼることがわかりました。こうした実態は今まで把握されていませんでしたが、産後うつに対する理解を広めると共に、出産後1年以内の母子に対するサポートがいかに重要であるかを示すものと受けとめています。

――出産後、もっとも自殺の危険が高まる時期はいつ頃でしょうか?

「出産後1年未満に自ら命を絶った母親92例について、産後1カ月から12カ月までのどの時期に亡くなっているかを分析した結果を見てみましょう。これまで産後1カ月目が多いと言われてきましたが、3〜4カ月、7〜9カ月にも多いことがこのデータからわかります。


引用:『知ってほしい“産後のうつ”~92人自殺の衝撃~』NHK NEWS WEB

産後1カ月、3〜4カ月、7〜9カ月は、子育ての段階・環境に違いがあります。数値がもっとも多い7〜9カ月は、子どもがハイハイをはじめ、動きが活発になる時期です。周囲の人は“ここまで来たら大丈夫”と、支援の輪が緩み、少し離れていく時期でもあります。つまり、お母さんにとっては、パワーアップするわが子を抱え、ひとりで育児に向き合うことになるのです。言い換えれば、思い通りにならない育児に自信を失い、『自分ひとりでは無理だ』と限界を感じる時期が、ちょうど7〜9カ月頃なのではないかと考えられます。

さらに分析していくと、『35歳以上』『初産婦』『ひとり親』の自殺率が高いということもわかりました。初めての妊娠・出産で、パートナーや親からの十分なサポートが受けられず、ひとりで初めての子育てに向き合わなければならない状況に置かれた場合、自殺のリスクは高まります。そうしたお母さんを取り巻く環境や日頃の小さな戸惑い、つまずきを注意深く見守り、周囲の人たちが変化に気づく支援体制がとても重要なのです。」

産後うつを引き起こす要因とは?

――妊娠から出産・子育てに至るまでの心理的な変化を教えてください。

「私は、10代で出産する女性への支援について10年ほど研究してきました。彼女たちを見ていると、妊娠がわかって赤ちゃんを産むとはっきり決まるまでは、予期しない妊娠に対する戸惑いや不安が強く、誰でも心が揺れます。しかし、産むと決めてからは、とても生き生きと元気に妊娠期を過ごします。それは多分、周りが妊婦であること・母親になろうとしていることを肯定的に受け止め、自身が大切にされているという実感をもって過ごせるからであろうと思います。

出産直後は、心も体も大きく変化しますが、10代の親たちは、それほど大変そうではありません。しかし、産んでしばらく経つと、母子を見守ってくれていた家族や地域の大人たちがすーっと離れていくのが一般的で、生後3,4か月以降、だんだんと食べられない、眠れないといった身体の不調や赤ちゃんに対する小さな心配事が増え、子育てが負担になってくるケースが見られるようになります。」

――産後うつになりやすい性格というのはあるのでしょうか。

「出産後の不安や孤独が引き金になっている場合は、感じやすさ、過敏さが見られますが、『自分がこの子の母親なんだから、頑張らなければいけない』と、強い責任感や完ぺき主義な面があり、自分自身を追い詰めてしまっている人が多いように思います。どんなに有能であっても、子育てをひとりで背負い込むのは限界があります。上手にみんなの力を借りながら、ほどほどに頑張って乗り切る姿勢がちょうどいいと言われています。」

――子育てをひとりで担わなければならない状況があって、心理的に追い詰められてしまうのですね。

産後うつを引き起こす引き金としては、自信喪失と孤立感の深まりが考えられます。出産から1週間くらいは産院での手厚いケアが受けられ、看護師さんや助産師さんがいて、不安があればすぐに相談にのってもらえます。また、食事も提供され、母子ともにケアしてもらえる環境が24時間整っています。しかし数日後には、そこを出て、パートナーやご家族のサポートに頼る生活になります。ここからのサポート体制は個々に大きく異なります。誰かがサポートしてくれたとしても、それはごく一部の時間で、それ以外は赤ちゃんとお母さんは常に一対一、閉ざされた空間で育児を担うケースも少なくありません。赤ちゃんと一緒にいられる幸せがある一方で、次第にお母さんたちが自信を失い、孤立感を深めていく子育て環境になってしまうのです。」

――産後うつは、どういった心理状況が原因となって引き起こされるのでしょうか。

「人がうつ状態になる時、なにかを失う体験や孤立、疎外を感じる深い孤独の体験がその要因として考えられます。そして、本人がその体験をどのように認識するかが症状を深刻化させる鍵となるのです。それには、『全体性・永続性・内在性』という3つのポイントがあります。例えば、思い通りにいかない子育ての中で自信を失ったお母さんが、それをきっかけに「私は何をやってもダメだ」(全体性)と考えるようになり、、この状態は変わらないし、ずっと続く(永続性)と思い込み、、思い通りにいかない子育ての原因はすべて自分にある(内在性)と受け止めてしまったら、何をやるにも不安で、自分の力が出せなくなってしまいますよね。こんなふうに、『全体性・永続性・内在性』にはまってしまうと、ものごとをネガティブに捉える負のスパイラルから抜け出せなくなります。これらが産後うつになってしまう心理状態です。


赤ちゃんはなかなかお母さんの思い通りになってくれません。たとえば、赤ちゃんが泣いているからとお母さんがおっぱいをあげます。それでも泣き止まず、さらにオムツを替えてみます。ここで泣き止んでくれれば、お母さんは『この対応でよかったのだ』と思えます。ところがそれでも泣き止まないし、抱っこしたり、揺らしたり、いろいろしても赤ちゃんが泣き続ける。そんな体験を繰り返すと、お母さんは、『私が何をやってもダメなんだ』「この子は私じゃない方がいいのかもしれない』『これがずっとこれが続くんだろうか』と心が揺れ、気持ちが沈んでいってしまうのです。

子育てをしているお母さんなら、誰もがこうした心の揺らぎを経験します。ただ、初めての子育てに向き合うお母さんが、『子育ては、思い通りにいかないもの。これが普通』という心境にたどり着けるようになるには、時間が必要です。やみくもに泣き続ける生後1⁻2ヶ月を通り越え、赤ちゃんが積極的にお母さんとの関係を築いていく生後4カ月から9カ月くらいまでは、こうした母と子を大切に見守り、お母さんの自信を支える周囲のサポートが大切です。

産後うつを防ぐために、私たちができること


――産後うつにならないためには、どうしたらいいのでしょうか。

「お母さんが“思い通りにいかない子育て”をどう受け止めるかということがポイントです。先ほど説明した“産後うつの原因”とは反対の考え方ができればよいということになります。『子育ては思い通りにいかないもの。初めてなら完璧にできなくてあたりまえ(✕全体性)、この子はどんどん成長し、状況は変わっていく。明日はまた違うはず(✕永続性)、子育てはみんなでするもの。困ったら誰かの助けを借りればいいし、何でも教えてもらおう(✕内在性)』と、お母さん自身が考え方を転換できるようになるサポートがあれば、うつの抑止につながるはずです。」

――では、近くにいる家族が日頃から意識するべきことを教えてください。

「基本的に、“子育ては思い通りにいかないものだけれども、子育てがもたらす喜びはかけがえのないもの“であることを実感しながら、”子どもはみんなで育てるもの”という意識をもって、家族も地域の支援者もかかわることです。ご夫婦の「産後クライシス(※1)」が話題になっていますが、『手伝おうか?』『協力しようか?』という夫の言葉が持つ当事者性の薄さを汲み取り、産後の妻は、孤立し、苛立ちます。

育児・子育ては“お母さんがやるもの”という固定概念はさすがに変わりつつありますが、子育てに対する男性の当事者性は、まだまだ女性と同等というところまでいきません。社会の仕組みも追いついていません。『自分がやらなければ』という重圧から子育てを楽しめず、大きな負担感を抱えて産後うつになっていくお母さんを見ると、私たちが子育てしやすい社会をつくることの重要性を感じます。子育ての当事者として、子どもの親だけでなく、“家族・親族や地域のみんなで子育てをしましょう”という意識を持つことで、子どももお母さんもどれだけ幸せになれるでしょうか。

“サポート・応援・お手伝い・できるだけ協力する”というかかわりの中に、“お母さんがひとりでやるもの”という押し付けがあると、お母さんの負担感は変わりません。一緒にやる、一緒に考える姿勢が大切なのです。

そして、その中で一つ意識してほしいのは、頑張っている、頑張ろうとしているお母さんを尊重することです。『子育ての主体として頑張っているお母さん(お父さんも)を尊重しつつ、自信喪失や孤立に配慮したサポート』ができれば、産後うつをかなり防げると思いますし、症状が出たとしても、早期に発見し、救うこともできると思います。」

――産後うつを防ぐためには、周りがどう関わるかがとても重要なのですね。

「子育てこそ、人の力を借りて自分を成長させることを練習する貴重な機会です。お母さん自身が『子育てはひとりではできない仕事だから、みんなと一緒にやっていけばいいんだ』と考えられる環境が必要となります。

そしてそれには、周りにいる私たちが大らかであることも大事な要素です。出産したばかりのお母さんに、『お母さんなんだからしっかりしなさい』『この子のお母さんはあなただけなのよ』と励ますよりも、『大丈夫、大丈夫。みんなで子育てしていきましょう!』と、お母さんを安心させてあげられるといいと思います。

そして、いろいろうまくいかないことも大らかに受け止めてあげたいです。たとえば赤ちゃんがオムツ替えをしても泣き止まないときには、『オムツを替えてすっきりしたのにね。どうしたのかなあ。』『いろいろなタイプの子がいるからね。きっと何かあるんだね』と、“あなたのせいではない”というメッセージを伝えてあげ、一緒に首をかしげてあげられると、きっとお母さんは楽になれるはずです。」

――声かけひとつをとっても、お母さんの思いに寄り添ってあげることが大切なのですね。

「そうですね。実は、多くのお母さんが“赤ちゃんとふたりだけになるのが怖い”と感じ、不安やイライラを感じることは、以前から知られています。アメリカのセルマ・フライバーグという乳幼児の精神科医は、これを『赤ちゃん部屋のおばけ』と名づけて紹介しています。

フライバーグは、お母さん自身の心の中に、解決できていない過去の葛藤が残っていると、無意識に赤ちゃんという存在に投影させてしまうことがあり、それが不安や恐怖、イライラを引き起こしているのだと説明しています。これは、お母さん自身の辛かった体験や、受け止められなかった体験に手当てが必要なので、子育てを通してお母さんの心の傷が癒されるようなサポートをしていくことが大切です。

『ここまではうまくやれているね』『こんなふうに赤ちゃんには伝わっていると思うよ』と、受け止めてもらったり、支えてもらったりすると、“おばけ”を乗り越えて、目の前の赤ちゃんと向き合っていけるようになれるのです。」

※1:子どもを出産した後に、急激に夫婦仲が悪くなる現象

育児に悩むお母さんへ、伝えたいこと。

――自分が産後うつかもしれないと思ったときには、どうすればよいのでしょうか。

「『あれっ、産後うつ?』と気づいたら、『今はそうなりやすい時期だから』『私、頑張りすぎているのかな』と受けとめ、自分を追い込まないようにしてほしいです。そして、まずは誰かに相談してみてください。うつ状態の時には、うまくいかないことが気になったり、自分のせいだとネガティブに考えてしまいがちです。そういうときは、まず誰かに気持ちを聞いてもらうだけで、少し楽になります。同じようにみんなが悩んでいることがわかったり、子どもの反応を見ながら自分のペースでやっていけばいいと気づけたりすると、気持ちが軽くなり、少し見え方が変わるはずです。

――最後に、子育てに悩んでいるすべてのお母さんへ、メッセージをお願いします。

「子どもは生まれながらにして、さまざまな素質や気質を持っています。そのため、子育てもなかなか想定通りにはいかないことが多く、お母さんたちを不安にさせるのです。また、授乳のため2、3時間おきに起こされる生活や、自由に外出もできない日々を通して、初めて実感する子育ての大変さがお母さんたちを疲れさせていきます。お母さんは、『4時間まとめて眠りたい』とか『ひとりでお風呂に入れるのが怖いから手伝ってほしい』とか、遠慮せずにどんどん周りに伝えて、子育てをサポートするネットワークにつながってほしいと思います。子育てはお母さんだけが頑張るものではなく、未来を拓く子どもたちをみんなの力を合わせて育てていくものです。

――周囲の人たちも、お母さん自身も『子育てはみんなでするもの』と考えられるようになっていくことが、今の社会には必要なのですね。

「子どもを育てていくときこそ、社会のなかで大きなネットワークをつくっていってほしいと思います。保育所や幼稚園の先生、お母さん同士など、子育てを通してどんどん人とつながることが可能です。みんなでコミュニティやネットワークの力、そして人とのつながりの大きさを感じながら、みんなで子育てができる社会をつくっていければいいですね。」

<プロフィール>

中原 美惠(なかはら よしえ)
東洋大学 ライフデザイン学部 生活支援学科 教授

修士(教育学)。教育心理学、教育臨床心理学を専門とし、保育カウンセリングや教育相談、保育・子育てに関する相談支援、心理発達支援、また、10代で妊娠・出産をする女性への支援活動を研究。主な著書・編著(共著)に『学校教育相談の理論と実践-学校教育相談の展開史、隣接領域の動向、実践を踏まえた将来展望-』(あいり出版)、『発達と臨床の心理学』(ナカニシヤ出版)、『子育て支援カウンセリング』(図書文化社)などがある。

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