INDEX

  1. 間違えて入った囲碁教室に居場所を見つけた少年時代
  2. 「勝って当たり前」――芽生えた勝利への執着心
  3. 「勝っても負けても自分の責任」だから囲碁は面白い
  4. 「僕には囲碁しかない」プロ試験に懸ける思い
  5. 朴訥な青年の明確な意思表示

INTERVIEWEE

豊田 裕仁

TOYODA Hirohito

東洋大学社会学部第2部社会福祉学科2年

幼少時より囲碁をはじめ、2017年に第16回全日本囲碁学生王座戦優勝、2018年には第16回世界学生囲碁王座戦で準優勝を果たす。現在は、8月から始まるプロ試験を見据える。東洋大学囲碁部所属。

間違えて入った囲碁教室に居場所を見つけた少年時代

画像:豊田裕仁さん
 
―まず、囲碁との出会いを教えてください。
  
「囲碁を始めたきっかけは、小学1年生のときに近所にあった子どもの囲碁道場『緑星学園』に間違って入ってしまったことです。」
  ―間違って入ってしまった!?
  
「その時、同じビルの塾に行こうとしていたんですが、間違えて別の階にあった囲碁道場に入ってしまったんです。そこでは、自分と同じくらいの年齢の子たちが黙々と碁盤に向かっていて『君もやってみる?』と声をかけられ、なぜかそのまま通うことになりました(笑)。」
  ―囲碁との出会いは偶然だったのですね。
  
「両親が囲碁をやっているわけでもなかったので、それが囲碁との最初の出会いです。それからというもの、学校から帰って家に荷物を置いたらすぐに緑星学園に行って、3時間ほど練習をしてから帰宅するという生活を週3~4日続けていました。夢中で囲碁を打ち続けて、かれこれ13年、今も緑星学園に通っています。学校よりも緑星学園で過ごした時間の方が長いくらいで(笑)。僕にとっては、まさに青春時代を共にした『かけがえのない場所』になっています。
  

「勝って当たり前」――芽生えた勝利への執着心

  
―豊田さんにとって囲碁とは、楽しいものですか?
  
「囲碁を始めたときは本当に見よう見まねで、いい手が打てたり、勝った時に楽しかったという思い出が多いです。しかし、囲碁を続けていく中で、単純に『楽しい』というよりも、『負けたら悔しい』という思いが強くなっていったのを覚えています。そして、小学校高学年のころには、当たり前のように『自分はプロになるんだ』と考えるようになっていました。」
   ―そんなに幼いころからプロ棋士になることを考えていたのですね。囲碁界には、アマチュアとプロがありますが、プロになるのは難しいのですか?
   
「中学1年生の時に『日本棋院』に入りました。ここは、プロ棋士を目指す人が入る養成機関です。プロ試験は、東京、関西、中部など地域に分けて行われ、外来予選、合同予選、本選と勝ち残った人間が、プロとして入段できるというものです。今年、僕は夏季に行われる東京本院のプロ試験を受験する予定で、そこで合格してプロになれるのはたった2名のみなんです。」
   ―それは狭き門ですね。日本学生チャンピオンになった豊田さんでもプロになるのは難しいのですか?
   
「難しいと思っています。正直、去年学生チャンピオンになったときの感情は『ホッとした』という部分が大きかったです。『囲碁界でプロとして生きていくためには、学生の大会で負けられない』と、自分で自分にプレッシャーを課していたので。」
 
    ―学生チャンピオンになり、その後の学生の世界大会では準優勝という成績を収めていますね。世界の代表と戦ってみてどのように感じましたか?
  
「日本人の棋士と世界の棋士、一番違うと思ったところは『勝利への執着心』です。海外の選手は勝つことへの執着がものすごく強くて絶対に最後まで諦めないんです。精神的に圧倒されないよう、僕もその点を見習いたいと思っています。」
  ―豊田さん流の、苦しい局面を乗り切る方法はありますか?
  
「ただただ我慢です(笑)。正直、勝負中は苦しい局面の方が圧倒的に多いです。それでも、冷静さを失っては、隙が生まれてあっという間に付け入れられてしまいます。苦しい局面で最善の一手を導き出す、その冷静さを支えているのは、これまで『万』を超える対局で培ってきた自分自身の経験だと思っています。だから勝つためにはひたすら精進するしかないんです。
  

「勝っても負けても自分の責任」だから囲碁は面白い

  
―「万」を超える対局とおっしゃいましたが、普段はどのように練習されているのですか?
  
「基本的に、緑星学園での実践と、世界の棋士とのインターネット対戦、そしてAIとの練習の3種類です。割合は緑星学園での実践が一番多いですが、ここ2、3年は、AIを活用した練習も増えています。」
  ―囲碁とAIといえば、2016年に当時の世界王者イ・セドルさんが「Alpha Go」に敗れたことが記憶に新しいですね。
  
「あの時は世界中が驚きました。囲碁は将棋に比べ、考えうる手数が圧倒的に多く複雑なので、当時は棋士がAIに負けるなんて誰も想像していなかったんです。今では、すっかりAIは先生という位置関係が成立していて、囲碁のプロを志す者としては複雑な部分もありますね。それでもAIの進化はまさに日進月歩。上手に活用して、己の知見と想像力を豊かにしていくことが大切だと思います。
   ―豊田さんの思う「囲碁の魅力」はどんなところですか?
   
「勝負の責任が全て自分にあるところですね。団体競技はメンバーの活躍やミスに結果が影響されますが、個人競技は勝った喜びも、負けた悔しさも全て自分に起因している。自分の成長が分かりやすく見えるところが好きなんです。
   ―豊田さんには、ライバルと呼べる存在はいらっしゃるのですか?
   
「僕が勝手にライバルと思っているだけかもしれませんが、同じ緑星学園で幼いころから切磋琢磨してきた大西竜平君です。彼は、僕の1つ下の18歳ですが、すでにプロ試験に合格してプロとして活躍しています。今は、何歩も先を越されてしまっていますが、早く同じ舞台に立って勝負したいと思っています。」
   

「僕には囲碁しかない」プロ試験に懸ける思い

  
―これまで大きな挫折はありましたか?
   
「たくさんありますが、一番ショックだったのは、去年のプロ試験です。当たり前のように本選に進むと思っていたのですが、外来予選で敗退してしまって。このときは、しばらく何も考えられなくて立ち直るのにも時間がかかりました。昨年悔しい思いをした分、今年のプロ試験には絶対合格したいと思っています。」
   ―これまでの囲碁人生を振り返っていただき、豊田さんにとって囲碁とはどのようなものでしょうか?
   
これまで勝利の喜び、負けたときの悔しさ、ライバルや恩師との絆、家族の支え、他にもたくさんのものを囲碁から学んできました。だからこそ、これからは結果でみんなに恩返しをしていきたい。今はただ、夏のプロ試験に向けて、一日一日を大切にしていきたいと思います。これまでも、これからも、僕には囲碁しかありませんから。」
   

朴訥な青年の明確な意思表示

決して多くを語らず、時折見せるはにかんだ表情が印象的な豊田さん。「自分には囲碁しかない」と語る青年からは、「懸けるもの」がある人間の強さを垣間見ることができました。彼の囲碁人生は、きっとこれからが本当の始まり。まっすぐに前だけを見て、突き進んで行ってほしい。礼儀正しく挨拶をして去っていく彼の背中を見て、思わずそう願っていました。
   

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