伝統を受け継ぎ、新たな時代を築く。東洋大学硬式野球部が掲げる“プレイベースボール”とは?

「“監督”と言われるのは嫌いで、なるべくオーラを消すようにしています。今日も校内で選手とすれ違ったときに気づかれず素通りされましたが、『よし!』と思いましたね。オーラは出ていないと(笑)」。東洋大学硬式野球部・杉本泰彦監督は、笑いながらそう話してくれました。

一般受験で東洋大学に進学。全国レベルの猛者が集まる硬式野球部に入部し、3年次にはレギュラーを獲得。社会人野球(日本通運)で活躍した後、同野球部のコーチ、監督を務めると、西部ガス野球部の創設に初代監督として参画。さらにアジア大会やワールドカップの日本代表監督も歴任した杉本監督は、その豊富な経験と手腕が評価され、それまで46年間もの長きにわたり東洋大学硬式野球部を牽引してきた髙橋昭雄前監督の跡を継ぎ、監督として母校に戻ってきました。

就任直後に迎えた東都大学春季リーグ戦では、のちにプロ野球に進む4人の主力選手を擁して優勝。その4人が卒業した2019年度は、周囲から戦力ダウンが懸念されていましたが、新チームは不安を払拭する躍動を見せ、終わってみれば対戦したすべての大学から勝ち点を奪う完全優勝を果たしました。

杉本監督は、一体どんなチームづくりをしているのか?「オーラを消す」の真意とは? 東都大学秋季リーグ戦の開幕戦を1週間後に控えた東洋大学硬式野球部を訪ねました。

主権は選手にあるもの。監督は選手を支える存在で目立つべきではない


画像:東洋大学硬式野球部・杉本泰彦監督

――髙橋前監督は杉本監督が東洋大学硬式野球部の選手だったときの監督でもあったとお伺いしています。恩師の跡を継いで母校の監督になるお話があったとき、どのような想いがありましたか?

「素直に嬉しかったですね。今の私がいるのは、髙橋前監督のおかげ。全国からスポーツ推薦で集まってきた選手の中から無名の私を拾ってもらって、レギュラーまで任せてくれた。今でも髙橋前監督にお会いするときは緊張しますが(笑)、大学4年間の経験が今の私の礎になっていることは間違いありません。その恩師から引き継ぎ、母校の監督になるというのは、指導者としてはとても光栄なことで、ありがたく引き受けさせていただきました。」

――杉本監督は長く社会人野球の指導者を続けてこられて、大学野球部の監督ははじめての経験になります。社会人野球と大学野球に違いはありますか?

「まったく違います。レベルも違いますが、何よりも野球に対する考え方、マインドに差があると感じています。社会人野球の選手は、給料をもらいながら野球をやらせてもらっていて、いつクビになるかわからないというプレッシャーのなかで野球に打ち込んでいます。そうしたプレッシャーは、当たり前ですが学生にはありません。野球に対する緊張感が違う。それがプレーにも如実に現れるものです。学生たちにもその違いを伝え、野球に向き合うよう教えています。」

――高校や大学の野球指導には、技術面だけでなく、教育的側面からの指導が大事だとよく議論がされています。

「髙橋前監督は、常々、選手に“ズルは絶対にするな”と言い続けてきました。この教えが浸透して選手に根づけば、チームは一所懸命に、まじめに野球に取り組む集団になります。“一所懸命に、まじめに”と言葉でいうとスポーツ選手としては当たり前のことのように思うかもしれません。しかし、実際に体現するのはとても難しいことでもあります。それがわが硬式野球部には、伝統として息づいている。これは髙橋前監督が築いてきた、絶対に継承しなければいけない、東洋大学硬式野球部の強みです。

そしてこの体に染み込んだ伝統をもとに、野球に取り組む姿勢や意識、視座を上げることができれば、東洋大学はもっと強くなるでしょう。」

――選手の視座を上げるために、具体的にどのようなことを行っているのでしょうか?

「たとえば、高校も含めた学生野球の多くの現場では、勝利至上主義の指導が根強く受け継がれています。企業的な思考でいえば、野球部が活躍することは大学や高校の宣伝にもなるので勝利が求められますし、もちろん、選手や監督、コーチも勝利を求めます。この勝つこと、結果を追求した形のひとつが、監督や指導者が絶対的な存在となって選手を牽引し、勝利を追求する指導の仕方です。

この指導の形を私は否定しません。むしろ監督が求心力を持ってチームを引っ張ることは結果を出すための効果的な方法のひとつだと思います。しかし私は本当に強いチームをつくるには、主権は選手にあるべきだと考えています。どのようなチームをつくるのか、またそのチームを実現するために何をすればいいのかも選手自身が考えて実行し、結果を出していく。監督はこの選手たちが決めたことを支える存在で、目立つべきではない。強いチーム、レベルの高いチームほど、監督がチームに介在するパーセンテージは低いというのが私の持論です。

だから“監督”と言われるのは嫌いで、なるべくオーラを消すようにしています。今日も校内で選手とすれ違ったときに気づかれず素通りされましたが、『よし!』と思いましたね。オーラは出ていないと(笑)。そして選手が主体的に考えてチームづくりを進めていくことができれば、選手たちは社会に出てからも力を発揮できる人間になれるでしょう。」

――社会に出て発揮する力とはどのようなことでしょうか?

「大学時代は、社会に出ていくための大事な準備期間でもあります。卒業後、野球を続けるにしても、それは同様です。だから私は、野球部での指導で“社会性”も重要視しています。社会にはいろいろなルールがあり、企業は組織で動いている。野球も同じで、どんなに個が優れていても組織力がなければ強いチームにはなりません。私は、この組織として強いチームをつくりたいと考えています。」

――企業倫理のような考えを学生野球のチームづくりに持ち込んだというわけですね。

「はい。私は、選手、コーチ、監督をやりながらサラリーマンとして600人規模の社員を抱える支店長も務めました。当初は野球の監督経験で学んだリーダーシップやマネジメントを会社で応用していましたが、今、東洋大学では企業経営で培ったマネジメント力を野球部のチームづくりに使っています。野球畑ひと筋でやってきた方が高校や大学野球の監督になるケースが多いなか、企業経験を経た人間が監督になることはそう多くはない。企業で一般のサラリーマンとして働いてきた経験は、監督として私の強みでもあると思っています。」

――この指導の発想は、杉本さんの選手時代の経験も影響しているのでしょうか?

「原点は、大学時代ですね。学生時代、私はスポーツ推薦で入ってきたほかの選手に比べて明らかに実力は劣っていたので、どうすればレギュラーになれるのか、どうすれば監督に認められるか、とにかく考えました。誤解を恐れずにいえば、当時は監督の求心力が強かったので、監督を信じてついていけば勝てた。そのなかで私は一所懸命に考えて、隙間を縫いながらレギュラーの座をつかみました。言い換えれば、選手は言われたことだけを実践するだけではなく、もっと選手個々に考える力があれば、チームはもっと強くなれたはずです。だから今のチームには、ある意味でかつての私のような選手が隙間を見つけられないような、全員が自分で考えて行動しているチームにしたい。ある意味で自分が歩んできた過去を否定するチームづくりができればと思っています。」

――自主性を重んじたチームづくり、ということでしょうか?

「そうですね。ただし“自主性に任せる”ということは多くの指導者が言いますが、そう簡単なことではありません。特に学生なら失敗しても許されるかもしれませんが、社会人で自主性に任せて失敗してしまったら会社に大きな損害を与えてしまう可能性もあります。だから自主性を選手に持たせるなら、指導者も選手も覚悟が必要です。その厳しさを、東洋大学硬式野球部に伝統として新しく根づかせることができれば、本当に強いチームになれるはずです。」

気づきを与え、自主的に考えて答えを導き出せる選手が強いチームをつくる

――選手の考える力を引き出すために、どのように接しているのでしょうか?

「対話することを大切にしています。たとえばコミットメントシートというものをつくって、各選手に自分がなりたい姿や、やりたいことを具体的に書いてもらい、それをもとに選手と面談をします。部員は120人いるので、ひとり当たり10分程度しか時間はとれませんが、そこでふたりで話し合いながら半年後、1年後、あるいは4年後に自分はどうなっているべきかを選手と確認する。これは、私自身が企業のビジネス研修などで使っていたものを、そのまま導入した試みです。」

――コミットメントシートを導入するメリットは何ですか?

「選手の成長を促す目標を設計することと、評価基準が明確になることです。このコミットメントシートを見ながら、ときには『このままではレギュラーにはなれない』『社会人野球では通用しないからあきらめたほうがいい』ということもはっきりと言います。厳しいと思われるかもしれませんが、ここは実力の世界。自分が無理だと判断したものは正直に伝え、違う道を示唆してあげることも、私の責任、仕事だと思っています。」

――野球を指導しながら、“社会性”も意識する。これが、杉本監督の指導の核となる考え方といえますね。

「そうですね。まず全体ミーティングで野球の技術や考え方だけではないことも話して、いろいろな“気づき”を与えます。その全員に伝えていることからも自分ごと化して考えられる選手はどんどん成長していけるし、逆に自分のことに置き換えられない選手は伸び悩むでしょう。この相手の話を聞くだけではなく、きちんと内容を理解して自分のことに置き換えて結論を導いていく能力は、野球にも役立つし、社会人としてはとても大切な能力でもあるわけです。

でも現実的に学生でこれができる選手は少ないし、そもそもそのように教えられていません。だから個人面談でも気づきを与えるようにしています。実力のある選手にはもっとうまくなるためにどうすればよいのか。一方で、実力は足りなくてもチームに貢献することはできます。いろいろな気づき、ヒントを与えたら、自主的に考えて答えを導き出せる選手が強いチームをつくる。これが今の東洋大学硬式野球部の基本的な指針にもなっています。」

“野球を本気で遊ぶ”大学最強チームに東洋大学を引き上げたい

――自主性を重んじるチームづくりにおいて、杉本監督が決めている方針はありますか?

「ひとつは“プレイベースボール”を目指すこと。野球を楽しもう、野球を遊ぼう、という意識です。遊ぶためには、自分で考えて自分で行動する。それでなければ、本当に遊んだことにはならないでしょう。言い換えれば、知的好奇心のような“知りたい、うまくなりたい”という気持ちが恒常的にあり、野球を本気で遊ぶチームになれば、強くなるはずです。

そのためにも、競争原理をチーム内に定着させようと思っています。具体的には、これまで2軍メンバーは1軍のサポートに入ることが多く、どうしても練習量に差が出てしまいがちでしたが、食事や休憩時間を調整して、1軍の練習が終わったら2軍メンバーが交代でグラウンドに出て同じ練習量をこなせるように仕組みを変えました。すべての選手に平等に時間を与えることで、練習量での1軍と2軍の差はなくなる。そうなった場合、必然的に努力した選手が上に上がってくるはずです。」

――東洋大学硬式野球部の監督として、杉本監督が目指している具体的な目標はありますか?

「大学日本一、ですね。東洋大学は、2011年以来、全日本大学選手権で優勝できていません。私は西部ガスのときもそうでしたが18人でスタートした野球部を5年で日本一にしますと会社に伝えました。まわりはあまり信じていなかったかもしれませんが、私自身は本気で、そのための準備をしました。ここでも同じような覚悟でいます。就任5年以内、あと3年で日本一になります。

そして以降も毎年優勝争いができる、大学最強チームに東洋大学を引き上げたいですね。指導者が変わっても組織として強い。その基盤をつくるのが監督としての私の使命だと思っています。」

伝統を受け継ぎ、強固な組織力を築き上げていく

選手のプレイを観察しながら時に球拾いをサポートする。監督が率先して熱血指導するケースが多い学生野球では、違和感を感じるほど“監督らしくない”――部員たちに聞くと、それが杉本監督の、いつものスタイルだと言います。

選手主導、選手たちが自ら考えて答えを導き出すチームへ。伝統を受け継ぎながらチームをより高いレベルに引き上げるため、強固な組織力を築き上げていく新生・東洋大学硬式野球部。今後どのような活躍を見せるのか、その進化に注目しましょう。

 
<プロフィール>

杉本 泰彦(すぎもと やすひこ)
東洋大学 硬式野球部 監督

1982年 東洋大学法学部経営法学科(現・企業法学科) 卒業
1959年生まれ。徳島県出身。日和佐高校から東洋大学に進学し、硬式野球部に入部。ポジションは捕手。3年生でレギュラーを獲得、大学日本代表にも選ばれる。卒業後、社会人野球の強豪、日本通運に入社し、都市対抗野球などで活躍。選手引退後は同野球部のコーチ、監督を歴任し、都市対抗野球に4度出場、2度の準優勝を果たす。その後、日本代表コーチ・監督を務め、IBAワールドカップやアジア野球選手権に出場。西部ガス野球部の創設に監督として参画し、4年目で都市対抗野球出場へとチームを導いた。2018年2月より東洋大学硬式野球部に就任。

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