真のホスピタリティとは何か?世界のラグジュアリーホテルのおもてなしを検証した大学教員が語る

ホスピタリティの語源はラテン語のhospitālis(お客様の保護)といわれていますが、一般的には「心からのおもてなし」「深い思いやり」という意味で捉えられています。

最近ではサービス業のみならず、さまざまな産業で頻繁に使われるようになりました。

今回は、ホスピタリティの研究をしている、東洋大学国際観光学部国際観光学科准教授・徳江順一郎先生にお話を伺いました。そもそも、真のホスピタリティとはどのようなものなのでしょうか。

幼少期にホテルで食べた、思い出のシャーベット

画像:東洋大学国際観光学部国際観光学科・徳江順一郎准教授

―本日は、「ホスピタリティとはどういうものなのか」を伺いたいと思います。いきなり本題から少し外れてしまうのですが、徳江先生がこの分野に興味を持つようになったきっかけを教えていただけますか。

「きっかけは幼稚園時代にまで遡ります。当時私は耳鼻科に定期的に通っていましたが、病院に行くたびに親がメロンシャーベットを買ってくれていたんです。ある日、高級なホテルで食事をしたとき、食後の席で『メロンシャーベットを食べたい!』と私はわがままを言い出しました。もちろんメニューにメロンシャーベットはありません。」

―いつも食べているものを食べたかったんでしょうね。

「そうなんです。すると、ホテルのスタッフの方が近寄ってきて『いつもメロンシャーベット食べていらっしゃるのですか?』と声をかけてきたんです。私がうなずくと、そのスタッフはこう言いました。『じゃあ今日は、いつもとはちょっと違う特別なシャーベットを食べてみませんか?』。私はメロンシャーベットのことはすっかり忘れて『うん!』と言って、ラズベリーシャーベットを食べました。あの時に食べたシャーベットの美味しさは今でもはっきりと覚えています。」

―スタッフの方の粋なはからいが素敵です。幼少期の記憶が今でもはっきりあるということは、それだけ徳江先生にとって特別な体験だったのですね。

「そうですね。今こうしてホスピタリティを研究しているルーツはどこにあるかと考えると、やはりこの体験が大きく影響しているのだろうなと思います。」

みんなホスピタリティを誤解している?

―サービス業に携わる方の中には、ホスピタリティ精神を身につけたいと考えている方が多いと思います。どのようにホスピタリティ精神を身につけていけばいいのでしょうか。

「方法論の前に、前提となる話をさせてください。私は、みんながホスピタリティを誤解しているのではないかと思っています。」

―誤解ですか。詳しく聞かせていただけますか。

「ホスピタリティと聞くと、『おもてなし』や『気配り』のことと思われがちで、その例として、あるホテルの新幹線のエピソードがよく挙げられます。とあるホテルに忘れ物をしたことをチェックアウト後、帰り道で気づいた利用客がホテルに連絡したところ、スタッフが新幹線で大阪から東京に駆けつけて忘れ物を届けたと。利用客はすっかりそのホテルを気に入り、ヘビーユーザーになったという話です。」

―スタッフの対応は素晴らしいと思うのですが、このエピソードに何か問題があるのでしょうか。

「私は少しひねくれているので、学生に冗談で言うんですよ。『そのホテルに泊まったら忘れ物をしても大丈夫らしいぞ』と(笑)。でも、同じことをどのお客様にもやっていたら、そのホテルは潰れてしまいますよね。もちろんその行為は素敵なのですが、1回やってしまうと2回目以降は当たり前のこととして見なされてしまうので、私はこのエピソードに違和感を覚えました。」

―おっしゃる通り、全員のお客様に提供できるものではありませんね。

「相手にとにかく尽くしてあげることを美化する風潮が日本にはありますが、提供する側が不幸になってしまってはホスピタリティとは言えないと考えています。世界のさまざまな国を視察することがありますが、ここまで相手に何かを求める文化を持っている日本は独特。ホスピタリティってそういうことではないと思うんです。」

―では、ホスピタリティはどう捉えるものなのでしょうか。

「真のホスピタリティとは、“不確実性の高い環境における関係性のマネジメント”だと考えています。」

不確実性の高い環境における関係性のマネジメント、とは

―不確実性の高い環境における関係性のマネジメント、ですか。難しい言葉ですね……

「お寿司屋さんを例に説明しましょう。回転寿司を食べに行ったときに、美味しいものをお腹いっぱい食べて満足する以上の感動的な体験をすることってあまりないと思います。驚くこともあまりありません。それはなぜかと言うと、メニューも値段も決まっており、得られるサービスが『確実』だからです。」

―確かに回転寿司は美味しいですが、感動するほどの体験をすることはあまりないかもしれません。

「一方、回らないお寿司屋さんに行ったときはどうでしょう。値段も書いておらず、大将のおまかせで握ってもらうようなことがあるわけです。何が出てくるかも分からないし、いくらかも分からない。つまり、得られるサービスが“不確実”なんですよ。そんな状況下で、これまでに食べたことがない美味しいネタを食べられたら、どうでしょう。きっと感動しますよね。」

―感動しますね。不確実な環境だからこそ、人は感動するということでしょうか。

「そうです。板前さんに聞くと『お客様が知らない味を教えることも私たちの仕事です。』と言うんです。これって、冒頭で述べたシャーベットの話と同じだということが分かりますか?『メロンシャーベットを食べたい』と言っている相手に、食べたことのないラズベリーシャーベットを出して、それまで知らなかった感動や美味しさを体験させているわけですから。」

―言われてみると、確かに同じことですね。

「こうした体験は、単なる『お客様のわがままに応える』よりも、サービス提供場面では重要になると思います。わがままを聞いていたらキリがないですからね。そして、何よりその板前さんと深い信頼関係が構築されるわけですよ。信頼ってとても面白い概念で、不確実性がないと成立しないんです。回転寿司は得られるサービスが予め分かっているため、信頼関係を構築することがなかなかできない。よく、マナー講習の一貫としてホスピタリティを教える会社があるのですが、それではホスピタリティは身につけられません。なぜなら、マナーはむしろ、不確実性を低減するためにあるから。逆なんですよ。型をしっかりと身につけた上で、“あえて型を外す”ことがホスピタリティにつながるんです。」

―不確実性のある環境下で相手を満足させ、信頼関係を構築することがホスピタリティなんですね。

「そうですね。ですから、学生には型はちゃんと身につけなきゃいけないけど、そこで終わってしまってはだめだよと常に伝えています。」

苦手な人とも付き合い、不確実な環境に身を置こう

―不確実性の中で相手を感動させて信頼関係を構築する、“真のホスピタリティ精神”を身につけるために、私たちはどのようなことを心がけたら良いのでしょうか。

苦手な人とも意識的に付き合うことだと思います。私たちは気が合う友人と一緒にいることが多く、普段は確実性の高い環境、つまり相手がどんな反応をするか、どんな行動をするかなどがある程度予想できる、安心した生活をしているんです。そういった環境ばかりに身を置いていると、『どんなことで見知らぬ相手が感動するか』という感覚が鈍くなりがちです。苦手な人と一緒に過ごす時間は、まさに不確実性の高い環境。相手が何を考えているかも、次にどんな行動をしてくるかも分からない。そんな環境で、自分や相手の心の動きや機微を感じ取る習慣をつけるのは、非常に良い実践です。」

―苦手な人とも付き合うというのは、なかなか骨の折れることかもしれませんが、かなり効果がありそうですね。

「私は、ホスピタリティとは“生き方”だと思っています。相手が困っていたらついつい助けてしまうとか、放っておけないとか。『相手に何かをしてあげる』という発想だと、自分が幸せになれない。サービス業に携わる人は“いかに自分と相手の双方がハッピーになるか”ということを追求していってほしいです。」

行為そのものだけでなく、環境も重要な要素

ホスピタリティとは『不確実性の高い環境における関係性のマネジメント』

徳江先生は、曖昧だったこの概念を明確に定義してくださいました。人に感動という体験を与えるためには、行為そのものだけでなく、不確実性の高い環境をいかに活かすかを考えることも重要なのです。

ホスピタリティ精神を身につけたいと考えている方は、不確実性の高い環境に身を置くために、苦手な人とも付き合うようにしてみてはいかがでしょうか。これまで見えてこなかった世界が見えてくるかもしれません。