【2020×TOYO】多様性を受け入れる、ダイバーシティ実現の鍵は幼児教育にあり

労働人口の減少など、多くの危機を抱える日本にとって、ダイバーシティの実現は大きな課題です。一方、ここ数年、社会的弱者とされる人々への差別が明るみになるなど、日本の社会構造や意識の未熟さを考えさせられることがあります。次代の日本を担う子どもたちに向け、大人は多様性の理解をどのような言葉や行動で示していくべきなのでしょうか。

この課題に対し、東洋大学では「ダイバーシティ実現に向けた幼児期からの教育プログラムの開発」と題し、障がい者スポーツを活用した障がい理解教育として保育園や幼稚園向けのプロジェクトを進めています。同プロジェクトの目的や内容、その背景にある「多様性を受け入れることの大切さ」などについて、研究代表者である、ライフデザイン学部生活支援学科の南野奈津子教授にお話を伺いました。

シリーズ【2020×TOYO】とは?
アスリートが最高の結果を出すために、そしてすべての人が幸せに生きる社会をつくるために。2020年に向け、東洋大学ではオリンピック・パラリンピックを推進し、2020年以降の社会に貢献するべく、さまざまな研究が行われています。このシリーズでは、それらの研究の一部を皆さまにご紹介していきます。

「互いの個性を尊重する意識」「ともに豊かに生きる姿勢」を身につけることが大切


▲東洋大学ライフデザイン学部生活支援学科 南野奈津子教授

――まず、先生の専門分野やこれまでのご研究について教えてください。

「専門は児童家庭福祉です。主な研究テーマは、社会的マイノリティになりやすい子どもに対する支援です。具体的には、貧困や人種、障がいなどを理由に、社会の中でハンデを負いやすい子どもたちが、地域の中で安心して暮らせる環境をどうつくるか、といった研究をしています。

この課題には、当事者をどう支援するかだけでなく、子どもたちが社会に出たときに受け入れる側の資質を高めることも重要となります。つまり、保育士や幼稚園教諭がダイバーシティを理解するとともに、保育現場での適切な対応方法などを学ぶことも必要だということです。

今、取り組んでいるプロジェクト『ダイバーシティ実現に向けた幼児期からの教育プログラムの開発』では、障がい者スポーツを活用し、幼児に障がい理解教育を行う実践プログラムを開発しています。近年、障がいの有無でクラスを分けず、みんなが同じ環境で生活する『統合保育』が促進され、保育施設での障がい児の数はここ10年の間に倍増しましたが、同時に課題も増えているのが現状です。

真に社会のダイバーシティ(多様性)を実現するためには、子どもたちが社会にはさまざまな人がいることを知り、『互いの個性を尊重する意識』や『ともに豊かに生きる姿勢』を身につけることが大切です。そのために『障がい理解教育』への期待や必要性も高まっています。」

 

■アンケート調査について「障がい理解教育の実情と課題」
保育・幼児教育機関が行う障がい理解教育の実践の現状、その効果や課題を明らかにするために保育所・幼稚園・子ども園2000機関にアンケート調査を実施
【対象】東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県、栃木県、群馬県の保育所・幼稚園・子ども園、計2000機関
【調査期間】2018年7月1日〜2018年7月31日
【有効回答】465(23.3%)

――2020東京オリンピック・パラリンピックを見据え、障がい理解教育の一環としていわゆる「オリ・パラ教育」が東京都を中心に進められています。この「オリ・パラ教育」とは、どのようなものなのでしょうか。

「『オリ・パラ教育』は、東京オリンピック・パラリンピックでの経験を通じて、子どもたちにとって人生の糧になるようなレガシーを残し、心身の成長を促すための取り組みで、身につけてほしい資質の一つに『障がい者理解』が含まれます。対象はおもに小学生以上となっていますが、私はより早期の4歳、5歳児から障がい理解教育が必要だと感じています。『統合保育』によって保育園や幼稚園に障がいのある子どもが増えている中で、身体的な特徴や違いなどを指摘された障がい児が傷ついてしまうケースが少なくないからです。

『どうして、車いすに乗っているの』『なんで、お顔が赤黒いの』といった、純粋でまったく悪意のない素朴な疑問からくる発言でも、言われた子にとってはショックを受けるものもあります。また、保育士による『一緒に遊んであげてね』といった何気ない声がけや態度も、園児の思考に影響を与えます。

幼児期から多様性を受け入れる姿勢や考え方を身につけておくためにも、やはり早い段階から『障がい理解』の教育や体験が必要だと考えます。」

――幼児の好奇心や吸収力を考えても、早い段階での教育は大きな意味がありそうですね。

「はい。しかし、幼児向けの実践例や研究的な知見が少ないのが現状です。そこで、プログラムや教材を開発しようと考えたのがこのプロジェクトです。将来的には、全国の保育園や幼稚園に配布し、教材として使用してもらうことを目指しています。

こうした共通の教材を通じて、情報交換などのきっかけとなることも期待しています。」

「ダイバーシティ実現に向けた幼児期からの教育プログラムの開発」とは?


▲視覚障がいの選手たちが行う「ゴールボール」。パラリンピックの種目でもある

――プロジェクトは2018年度から3カ年計画で進められていると聞きました。具体的な内容や進捗について可能な範囲で教えていただけますか。

「本プロジェクトは『東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成制度』に採択され、2018年度からスタートしました。2020年に東京パラリンピックが開催されますが、障がい者スポーツには『人のありように合わせて創造されたスポーツ』という大きな特徴があります。この特徴を生かして、障がい理解教育のプログラムを作成しようと考えています。

プロジェクト1年目の2018年度は、障がい理解教育に関する実態や意識を調査・研究する期間としました。関東の1都6県にある計2,000カ所の保育・幼稚園に調査用紙を送り、回答結果をまとめました。

それによると、『障がい理解教育を実施したことで理解が深まった』『サポートができるようになった』など、障がい理解教育による効果が見られた教育機関があることがわかりました。」

「一方で、幼児向けのプログラムがあまりないことも判明しました。実践されているのは『絵本の読み聞かせ』がほとんど。場所も取らないし、費用面なども含め、気軽に始められますからね。現場からのニーズが高いものも、『絵本・指導案(授業マニュアル)・DVDからなる指導キット』でした。

しかし、子どもへの身につきやすさや教育効果を考えると、体を動かすなど五感を使った体験が欠かせません。そこで、私たちは指導キットに運動遊びをセットした、30~45分くらいのパッケージプログラムの作成を考えています。」

――なるほど。まずは現状を把握され、ニーズを探られたのですね。では、2年目はどのようなご計画でしょうか。

「2年目(2019年度)は、調査結果によって見えてきた方向性をもとに、具体的な『プログラムの開発』に入ります。まずは、テスト版の教材を作成し、協力していただける幼稚園などで試してもらい、フィードバックをもとに改良を加えていく。この作業を何度も繰り返してブラッシュアップしていく予定です。

具体的な内容は今、検討を進めているところですが、運動遊びはスペースや費用など、現場での取り入れやすさを考慮して、日常的に行われている遊びに、障がい者スポーツの要素を組み合わせたオリジナルの遊びを考えています。たとえば、パラリンピック競技のシッティングバレーボールを参考に、風船やビーチボールなどを使い座って行うボール遊びなどです。

そして3年目(2020年度)は、『実践モデルの完成』です。完成したプログラムを発表し、現場の先生方への研修など実施したうえで、保育・幼児教育機関への配布を目指します。」

『違い』はあっても、『共通点』もあることを伝えていく

――ダイバーシティを実現するにあたり、課題・障壁となるものは何だとお考えですか。

「『統合保育』が促進されていますが、実際に現場はやはり大変です。まず、障がい児の受け入れについて保護者たちの許可が必要だったり、障がい児の保護者が子どもの障がいを認めないケースも見られます。

また、初年度に行った実態調査では、65%の保育・幼児教育機関が障がい理解教育を実施していなかったのですが、その理由に『障がい児との日々の関わりの中から学ぶので、特別な教育は必要ない』という意見もありました。」

「たしかに子どもには環境の中で自然に学ぶ力がありますが、大人の働きかけも必要です。それに、日々の関わりから学ぶには、クラス内に障がい児がいることが前提になります。でも、“クラスに障がい児がいるから、障がい理解教育が必要”なのではなく、本来はすべてのクラスで当たり前に取り組むべき、“基本の学びの一つ”だと思います。」

――海外における障がい理解教育はどのような状況でしょうか。

「日本と欧米を比べると、障がいに対する社会のスタンスが異なります。たとえば、雇用について日本では“障がい者枠“ともいえる雇用率を定めて障がい者雇用を促進していますが、アメリカではそもそも“障がい者枠”といった概念がありません。『障害を持つアメリカ人法(ADA法)』により、採用面接のチャンスは障がいの有無に関わらず、誰にも平等に与えられますが、採否の判断は採用する側に委ねられています。

これは、調和を重視する文化の歴史がある日本に比べ、移民なども多く多様性が根付くアメリカでは、もともと多様であることが当たり前と考えられていることから、あえて障がい理解教育を行う必要性が高くはないということでもあります。」

――なるほど。では、先生が開発中のプログラムでは、そうした「意識の壁」を乗り越えるための工夫などはありますか。

「いかにも道徳的なものでなく、子どもたちが『楽しかった』と思える内容にすることが大切です。子どもたちが前向きな反応を示すことで、大人たちの先入観や偏見といった意識が変わることもあります。

子どもの力はとても大きいです。そのため、親子で一緒に取り組めるという点も意識しながらプログラムを作成しています。」

――では、ダイバーシティの実現にあたり、来年に迫った東京パラリンピックに期待されることはありますか。

「何かを身につけるとき、『体感』することがとても重要です。パラリンピックの観戦や報道を通して、『障がいのある人』を身近に感じる体験は確実に増えるはずです。その体感の機会として、まちがいなくパラリンピックは一つの貴重な場になるでしょう。

パラリンピック教育の成功例として挙げられるロンドン大会では、観客の75%が親子連れであり、その後のインクルーシブ教育(*)にもよい効果があったという研究結果も発表されています。

また、大学生が実習で障がい者施設へ行くと、『考え方や物事の捉え方が変わった』といった感想を述べる学生が多いです。おそらく日常的には障がい者と接する機会がほとんどなかったため、実際に接したことで発見があり、意識や考え方が変わるのだと思います。

このように、人の意識を変えていくには、価値観の転換を起こさせるような『体感』することが重要なのです。パラリンピックをきっかけにして、『障がいは一つの個性』と思えるように、考えや接し方が変わる人がいると思います。」

インクルーシブ教育*=障がいのある者と障がいのない者が共に学ぶ仕組み。

――では、多様性への理解について、私たち大人は子どもたちにどのような姿勢を見せていくべきでしょうか。

「調査結果からは、マイノリティと呼ばれる人たちに対する偏見や、接し方に迷いがあるような姿勢が、多かれ少なかれ見られました。

また、保育士や教員たちはスムーズなクラス運営によって評価されることが多く、多様な子どもたちを受け入れることで問題や課題を抱えることに、大きなプレッシャーを感じていることも事実です。

とはいえ、大人の価値観や言動は子どもに大きく影響します。『違い』はあっても、『共通点』もあることを伝えていくことが大切ですし、物事がスムーズにいかない経験も子どもには大きな学びになります。そうした体験を障がい理解教育プログラムのなかで実践できれば、社会が変わる一歩になると考えています。」

――このプロジェクトの今後の展開や、期待されることについて教えてください。

「このプロジェクトは、従来の障がい理解教育の内容や方法を否定したり、不備を指摘するものではありません。『統合保育』が進むなかで幼児に特化したプログラムの提案やツールの選択肢を増やそうという取り組みです。

テーマとしては賛否両論ある分野ですが、さまざまな視点から活発に議論をすることが日本のダイバーシティ実現に向けて必要不可欠だと思っています。だからこそ、個人的な感覚や価値観でなく、実践例を科学的なデータとして分析し、提示することが重要ですし、意義のあることだと考えています。

2019年2月2日には初年度の取り組みを発表するシンポジウムを開催したのですが、障がい児の保護者の参加も多く、現場での切実な悩みも伺いました。このプロジェクトが社会を変える、何らかの貢献になればと思っています(東洋大学Webサイト シンポジウム「障がい理解教育のいま」を開催)。」

――プログラムのご完成を楽しみにしています。ありがとうございました。

 
<プロフィール>

南野 奈津子(みなみの なつこ)
東洋大学 ライフデザイン学部 生活支援学科 教授

Master of Social Work。専門は児童福祉や多文化ソーシャルワーク。児童虐待や貧困、障がいなどで支援を要する子どもや家族への支援方法の研究や、日本に暮らす子ども家庭への福祉問題と支援、および諸外国での子ども家庭福祉に関する研究を行う。主な著書に、『子ども家庭支援論』(中央法規)、『移民政策と多文化コミュニティへの道のり』(現代人文社)、『外国人の子ども白書』(明石書店)などがある。

 
■東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成制度
東洋大学では、2017(平成29)年度からオリンピック・パラリンピックに関する特別プロジェクト研究助成制度を設け、「ライフイノベーション(食・健康分野における科学技術)によるアスリート育成」「バリアフリーの更なる発展(パラリンピックを契機とした障がい者スポーツの発展と共生社会の実現)」など、その研究成果がオリンピック・パラリンピックへの貢献につながることが期待される学内の研究プロジェクトに対し研究費を支援し、積極的に研究活動を推進している。