INDEX

  1. バイオミメティクスとは?
  2. バイオミメティクスを取り入れたカヌーとは
  3. 日本人選手の活躍を夢見て

INTERVIEWEE

望月 修

MOCHIZUKI Osamu

東洋大学 理工学部 生体医工学科 教授

工学博士。主な研究テーマはバイオミメティクス、非定常流体力、生物流体。主な著書に、『物理の眼で見る生き物の世界—バイオミメティクス皆伝—』(コロナ社)、『オリンピックに勝つ物理学』(講談社 Blue Backs)、『眠れなくなるほど面白い 図解 物理でわかるスポーツの話』 (日本文芸社)など。
水走(MITSUHA)についての情報は以下のページよりご覧いただけます。
・水走プロジェクトサイト(http://mitsuha.tokyo/
・水走Facebookページ(https://www.facebook.com/mitsuha.toyo/
・水走Twitterアカウント (@Mitsuha_toyo

 
■東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成制度
東洋大学では、2017(平成29)年度からオリンピック・パラリンピックに関する特別プロジェクト研究助成制度を設け、「ライフイノベーション(食・健康分野における科学技術)によるアスリート育成」「バリアフリーの更なる発展(パラリンピックを契機とした障がい者スポーツの発展と共生社会の実現)」など、その研究成果がオリンピック・パラリンピックへの貢献につながることが期待される学内の研究プロジェクトに対し研究費を支援し、積極的に研究活動を推進している。

バイオミメティクスとは?

▲東洋大学理工学部生体医工学科教授 望月修先生  

――東京五輪での実用化を目指し、バイオミメティクスを取り入れたカヌーを開発されていると伺いました。そもそも、バイオミメティクスとは何ですか?
「バイオミメティクスは、ミミックやミミクリーとも言われ『生体模倣技術』と訳されます。つまり、生物や自然の持つ優れた構造や機能・仕組みを解明し、その原理を工学や医学などのさまざまな分野に取り入れる科学技術のことです。バイオミメティクス技術を取り入れた製品は、すでに私たちの暮らしの中にもたくさんあるんですよ。」
 

【実用化されているバイオミメティクス技術の例】

・痛くない注射針
人間に気づかれることなく血を吸う蚊。その針は、直径0.1mm(先端は0.05mm)ほどで痛点よりも小さい。さらに先端部がギザギザしており、皮膚を巻き込むことなく血管に到達できる。その構造を模倣することで痛みを最小限に抑えた注射針が誕生した。

・競泳用水着
水着の表面にサメ肌に似た構造を模倣することで、水の抵抗を減らすことに成功。五輪出場選手が実際に着用し話題となった。この構造は、船や航空機の機体にも採用され、燃費の向上に寄与している。

・新幹線
上空から水中の獲物を狙うカワセミのくちばしは、水中に突入する際の衝撃を緩和する形状をしている。500系新幹線の先頭部分は、この形状を模倣しており、高速でトンネルに突入した際に発生する衝撃音を緩和することに成功した。

・靴のクッション
ミツバチの巣に見られる正六角形の構造をハニカム構造といい、非常に丈夫かつ、音や熱を遮断する働きを合わせ持つ。ハニカム構造は、衝撃を受けやすい靴のクッション材に広く使用されているほか、耐久性が求められる飛行機や壁などにも採用されている。

・容器
蓮の葉には、水滴を丸く弾きながら保持する性質(ペタル効果)がある。この性質を応用し、くっつきやすい食べ物(ヨーグルトなど)の容器の蓋などに利用されている。

・接着剤
どこでも張り付きながら移動できるヤモリ。その足先は吸着性が高いうえ、歩行の際は素早く剥がれ足跡も残さない。この特性を応用した粘着テープが商品化されている。

・ドローン
しなやかな羽を高速で動かし、空中で静止しながら花の蜜を吸うハチドリ。その騒音が少なく、強い風の中でも安定して飛ぶことのできるホバリング能力が研究され、小型のドローン開発に生かされている。

▲独特のくちばしを持つカワセミ

――生物の特徴を生活に生かすための技術なのですね。
「簡単に言えばそうですね。しかし、バイオミメティクス技術は生物を観察しているだけでは生まれません。私たちを取り巻く環境の中のさまざまな『課題』、つまり『もっとこうだったらいいのに』という思いがあって、バイオミメティクス技術の研究が進むのです。

例えば、『こういうセンサーが必要』という課題に対して、『このセンサーに要求される機能をトンボの眼が持っているのではないか』という仮説を立ててトンボの眼の構造を調べたり、新幹線のトンネル突入時の『ドンッ』という騒音問題を解決するために、カワセミのくちばしの構造を応用する。これがバイオミメティクス技術開発の流れなのです。

さらに言えば、現在地球上の多くの場所で干ばつや洪水などの『水』に関わる問題が起きています。『水のない場所に、水を供給(保水)するために、植物の根が水を吸う機能を分析する』、そして『洪水や土砂崩れなどの災害を防ぐために森の持つ保水機能を分析する』、このように自然の力を利用して、自然環境や住環境を整えることもバイオミメティクスの一つと言えます。 バイオミメティクスは、工業製品などの身近なものから環境問題などの大きなテーマまで幅広い分野で応用されている技術なんですよ。」

――解決すべき課題に対して、そのヒントを生物や自然に求めるということですね。
   

バイオミメティクスを取り入れたカヌーとは


▲開発中のカヌー(手前が特長を強調したコンセプト艇、奥の青色のものがより実用できるように改良を重ねた実験艇)

――それでは、本題のバイオミメティクスを取り入れたカヌーについて伺います。まず、製作のきっかけについて教えてください。
「始まりはカヌーのパドルでした。五輪競技でもあるカヌーですが、日本人は欧米人に比べ体格が小さく、どうしても一漕ぎのパワーが劣ってしまう。これをどうにか解決できないだろうかと思ったのです。

そこで参考にしたのが、カエルの足の形。カエルは一漕ぎでスイスーイと体の何倍もの距離を泳ぐことができますよね。これは特殊なエラを持つ波状の構造が推進力を生みだすのに適しているからです。これは面白い!とカエルの足のパドルを製作していると、『どうせパドルを作るのなら、カヌー本体も作ってみてはどうか』という声も出てきました。

正直、当初はそこまでは考えていなかったのですが、カヌーのことをよくよく調べるうちに、競技用カヌーの多くが東欧で造られていることや日本の選手たちはスロバキア製のカヌーを買い、詰め物で重さを付加して使っていることが分かりました。体の大きな東欧の選手に合わせて造られた船艇が、日本人に合うわけありませんよね。

『それならいっそのこと日本人の体型に合うカヌー、日本人が勝てる国産カヌーを作ろう!』と考え、2017年5月にスタートさせたのが、競技用国産カヌー開発プロジェクト「水走(MITSUHA)」なのです。」

――そうだったのですね。では、実際に「水走」のカヌーの特徴について教えてください。
▲「水走」のコンセプトイラストメモ

「『水走』のカヌーには、バイオミメティクスや流体力学を応用した特長的な構造をいくつか採用しています。基本的な設計方針は、『水の流れに乗っている時には抵抗を大きく、漕ぐときには抵抗を小さくする』こと。カヌー競技は直線をこいだり、濁流に入ったり、ポールを回ったりとさまざまな動きが求められるので、場面によってそれぞれの機能を発揮できればと考えています。それでは一つずつ説明します。」


特長①カワセミのくちばし(船頭)

「新幹線でも使用されているカワセミのくちばしの形を今回のカヌーにも採用しています。これにより、水面への突入時の水の抵抗を減らすことが期待できます。」


特長②カモノハシのくちばし(船尾)

「一方で、船尾はカモノハシのくちばしの形を参考にしています。カモノハシは、平らなくちばしを素早く左右に振り、水底をさらいながら獲物を捕食しますが、この捕食時の動きがカヌーに必要な回転とよく似ているのです。この形状を模倣することでなめらかで素早い動き(左右への振り)が期待できます。」


特長③凧の原理

「現在流通しているカヌーのほとんどは摩擦の小さい流線型をしていますが、反面、これは抵抗が小さく、水の流れから動力を得にくい形とも言えます。そこで船底の後方部分を意図的に凹ませ、水の流れに乗りやすい構造にしました。風の抵抗を受け大空に高く浮かぶ『凧』と同じ原理です。」


特長④サメのエラ(コンセプト艇のみ)

「船体の側面にはサメのエラのようなギザギザした構造を採用しています。これは、ジェット噴射のようにここから水を吹き出し、加速するための工夫です。」


特長⑤お椀型の船底

「濁流の中にある障害物を避けて進むスラロームでは、カヌーの進行方向を左右に素早く回転させる必要があります。そこで、従来の平らな船底をお椀のように丸くし回転しやすくしました。これにより滑らかな方向転換が可能となり、障害物の回避やターンが容易になるのではないかと考えています。」

――従来のカヌーとは違う特徴がたくさんあるのですね。良い記録が期待できそうです。

▲コンセプト艇の船底部分(向かって右が船頭)。お椀型と表現される通り、従来のものより丸みを帯びているという。
  

日本人選手の活躍を夢見て


▲2018年10月に発表されたばかりの試験艇。写真左は共同研究者である東洋大学理工学部機械工学科准教授の窪田佳寛先生

――このプロジェクトは現在どのような段階なのですか?
「現在は、実際に選手やコーチに試乗してもらいながら改良を重ねているところです。最新の試験艇は、昨年10月に完成披露発表会を行いました。」
 

――今後のプロジェクトの目標について教えてください。
「やはり、東京五輪で実際に日本人選手が『水走』に乗り、良い記録を出してもらいたいですね。しかし、カヌー・スラロームは、100分の1秒を争う世界ですから、まだまだ改良の余地がたくさんあります。今後は多くの方に意見をもらいつつ、究極のカヌーを目指したい。そして将来的には日本が東欧に次ぐ第2のカヌーの産地になることを夢見ています。

また、競技者だけでなく多くの方々にとっても『水走』からバイオミメティクスを知ったり、カヌー競技に親しみや関心を持つ“きっかけ”となれたなら嬉しいですね。」
 
▲試験艇の船頭には東洋大学のロゴが

――ありがとうございました。東京五輪での「水走」の活躍を楽しみにしています!
  
    

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