【速く走る方法】日本で初めて100m9秒台を記録した桐生祥秀選手の指導者・土江コーチに聞いてみた!

東京2020オリンピック・パラリンピックを1年後に控えた今、さまざまな競技で日本選手の活躍が注目されています。陸上競技でも、男子4×100mリレー種目はメダル候補にあげられ、桐生祥秀選手(日本生命所属/東洋大学卒業)をはじめ、個人種目でもファイナリストをねらえるスプリンターが続々と台頭。選手たちの活躍もあり、小学生以下の幼児・児童を対象にしたアンケート「大人になったらなりたいもの」(2018年、第一生命実施)では、「陸上選手」が前年の36位から一気に7位までランクアップしました。“速く走る”ことは、いつの時代も多くの子どもたちにとってのあこがれなのでしょう。

運動会や学校の体育の授業などで誰もが経験する“かけっこ”。たとえ1番にはなれなくても少しでも速く走れるようになったら……と思ったことはありませんか?

そこで今回は、日本人として初めて100mで9秒台の記録を樹立した桐生祥秀選手を指導し、日本陸上競技連盟で日本代表のオリンピック強化コーチを務める土江寛裕教授(東洋大学陸上競技部短距離部門コーチ)に、速く走るためのコツをお伺いしました。

今回ご紹介するのは、小学生のかけっこからトップアスリートまで使える、速く走るための“基本の「き」”です。

速く走る基本は、トップスプリンターも小学生も変わらない


画像:2017年9月9日、陸上日本インカレ男子100m決勝。写真中央の桐生祥秀選手は、9秒98の日本記録で優勝した(写真:読売新聞/アフロ)

――2017年に当時、東洋大学4年生で教え子だった桐生祥秀選手が、日本人として初めて100mで10秒を切る9秒98を記録。この快挙を皮切りに9秒台をねらえる選手が続々と登場し、今、日本の短距離界はかつてないほどのハイレベルなチームになりつつあります。日本人スプリンターが飛躍する何かきっかけのようなものがあったのでしょうか?

「歴史的なお話を少しすると、1991年に東京で世界陸上が開催され、そこで世界のトップ選手を科学的に分析するという試みが行われました。このスポーツバイオメカニクスの取り組みは、今でこそ当たり前になってきましたが、当時としては画期的なことでした。それまでは経験や感覚に頼って、コーチも選手も走りを追究していたのですが、科学的に分析した結果、それまで正しいと思われていたいくつかの走り方が、実は間違っていたとわかりました。

スポーツバイオメカニクスの導入に加え、もうひとつ大きな転機となったのが、高野進さん(*1)や伊東浩司さん(*2)が、現役時代に外国選手のマネをするのではなく、日本人の骨格や体格に合った走り方、つまりは日本人が速く走るための体の動かし方を追求したことがあげられます。これらが結果として表れ、世界との距離を少しずつ縮めていくきっかけとなりました。

このふたつのアプローチから、日本選手の走り方は大きく変わってきました。

そして今、日本代表のコーチの立場として何よりも大きいなと感じているのは、選手自身もコーチも“本気で世界で戦える”と意識が変わってきているということ。末續慎吾選手(*3)の世界大会でのメダル獲得、リレー種目でもオリンピックで連続してメダルを獲得できるようになってきて、ついに桐生が9秒台を記録しました。科学的な研究に加え、日本人に合った走り方の追求、そして選手や指導者の感覚が磨かれていったことで、そこに成績が伴うようになり、今では日本の陸上界全体が本気で世界で戦えると考えています。こうした経験を積み重ねてきた結果が、現在につながっていると私は思っています。」

――先生のご専門でもあるスポーツバイオメカニクスの導入が、現在の日本におけるスプリンターの飛躍に大きな影響を与えたということですね。

「バイオメカニクスやその他さまざまな科学的な分析によって、日本の走りの技術は大きく変わりました。たとえば地面を蹴るときに、『膝を伸ばさない』『足首を使わない』といった走り方は、それまでと真逆のものでした。それによって、日本選手の底上げがなされ、特にU20では日本が世界トップなんです。しかし、その先となるとなかなか難しいところがあります。

科学に欠点があるとすると、常に統計的な処理をするので、見ているものは“全体を平均的に見る”ということ。つまり、速い選手にはこういう傾向がある、というざっくりした形で見てしまうことになるのです。速い選手でも、ウサイン・ボルトさんのように腿をしっかり上げて走る選手もいれば、伊東浩司さんのようにすり足で走る選手もいます。トップの選手たちは、すべて同じ方法で速くなるわけではないのです。

科学的な分析によって、日本のスプリンターの平均レベルは確実に上がってきましたが、日本や世界のトップ選手がより速く走るために必要なのは、“平均的な速い走り方”を踏まえた上での“個々人にあった走り方”なのです。体格や筋肉のつき方も選手それぞれで、体の動かし方をほんの少し変化させて、ストライドを1cm、記録を100分の1秒高めることを競う世界です。その領域は、科学では測りきれない感覚的な領域になります。さらに、精神的な面も影響してきます。わずか10秒の勝負の中で、そうしたメンタル的な強さも技術もすべて含めて、個々の力を最大限に引き出していくことが、私たち指導者の役割でもあります。」


画像:東洋大学 陸上競技部短距離部門 土江寛裕コーチ(法学部企業法学科教授)

――トップ選手になると、それぞれ理想とする走り方は違うということですね。

「違いますね。今なお、あらゆる角度で分析をしているところですが、たとえば桐生を例にあげると、桐生には桐生の、もっと速く走れる走り方があるはずだと考えています。そのために、これまでいろいろなトレーニング方法を取り入れたり、動きを試してきました。食事にも配慮した体づくりを一から見直して、筋力も上がってきています。確実にレベルアップできているので、今のところ来年2020年の東京オリンピックに向けて順調にきていると言えるでしょう。」

――逆に、万人に共通して速く走れるコツ、というものもあるのでしょうか?

「はい、速く走れる人には共通の特徴があります。それは、トップスプリンターから小学生まで共通するポイントで、速く走るための“基本の『き』”のようなものです。これを意識するだけでだいぶ速く走れるようになるし、トップアスリートでもこの基本ができていなければ速く走ることはできません。桐生はこの基本がとても優れているんです。陸上部の方ならば、拍子抜けするくらいシンプルなことかもしれませんが、逆にそれだけ走る上では重要なポイントでもあります。」

――ぜひ、その速く走るコツを教えてください!

*1)高野進:400m日本記録保持者、1992年バルセロナ五輪400mファイナリスト。現在、日本陸上競技連盟理事を務める。
*2)伊東浩司:1998年に100m10秒00を記録。2017年、桐生選手に破られるまでの日本記録保持者。
*3)末續慎吾:2003年世界選手権200m銅メダリスト、2008年北京五輪4×100mリレー銀メダリスト。

“力を受けて、力を流す動き”が、速さにつながる

「速く走るコツには、大きくふたつのポイントがあります。ひとつは、“いかに地面と上手に付き合うか”ということ。具体的には、“地面からの力を受ける体の軸をつくる”ことです。ふたつめは、“地面からの反動を前に進む力に変える足の動かし方”です。

Point1 地面の力を受ける=体の軸をつくる
Point2 力を流す=体を前に運ぶ「足の動き」を覚える

『走る』という動作を考えると、地面から力を受けるのが大きなポイントになります。つまり地面をしっかりととらえて効率よく走ることが、速くなることにつながります。このとき“地面をしっかりととらえる”というと、“地面を蹴る”という意識を持つ方が多いと思いますが、そうではなく、地面から返ってくる力をしっかりと体で受けとめて、その力を前に進む力に変えていくことが大切なのです。

イメージとしては、一所懸命ペダルをこぐように地面を蹴って蹴って前に進むのではなく、弾みながら進んでいく。 “力を受けて、力を流す”という体の動かし方が、今回、お伝えしたいふたつのコツです。そうすると、走り方が軽やかになって、効率よく、速く走れるようになります。」

――たしかに小学校の運動会などを見ていると、走り方がドタバタしている子は遅いような気がします。

「そうですね。ボルトさんを見てもわかるように、力を入れて一所懸命走るというよりはポンポンと弾むように走っていますよね。ここで一般の人に注目してほしいのは、彼らは地面からの力を受けとめる体の軸のつくり方がとても上手だということです。これは、たとえば箱根駅伝やマラソンなどの長距離走で速い選手にも共通するポイントです。」

――力を受けとめる体の軸づくり……なんだか難しそうですね。

「そんなことはありません。では、実際にひとつめの体の軸づくりからはじめてみましょう。」

Point1
地面の力を受ける=体の軸をつくる

「まずは、その場で真っ直ぐ立ってみてください。靴の上に腰、腰の上に肩、肩の上に頭が乗っかっているような状態です。この姿勢は、人間が一番安定している状態でバランスもよく、かつ足裏にもっとも効率よく力を伝えることができます。逆にいえば、地面からの力をしっかりと受けとめられる姿勢でもあるということ。これが、体の軸づくりになります。この足裏に体重がフラットに感じられる姿勢を覚えてください。」

――なるほど。日常生活で意識することはありませんでしたが、足裏に体重を感じられる立ち方というのはたしかにありますね。

「次にやってみてほしいのが、その場で軽くジャンプする動きです。このとき意識してほしいのは、地面を蹴るのではなく、体の軸を意識しながら足のバネに乗る、という動きです。

人間の体には骨があり、筋肉や腱が複合的に絡み合ってできています。この筋肉や腱には弾力があり、人の動きに躍動感や力強さ、なめらかさを生むことができます。走るときには、足の筋肉がバネのような力を発揮するというわけです。この人間が本来持っているバネのような足の機能を活用すれば、軽やかに走れるようになります。」

――地面を蹴ってしまうと、この足のバネを有効活用できなくなるということですか?

「地面を蹴ると力強く走れるとは思いますが、効率はあまり良くありません。本人も蹴ったほうが走っている感覚は強いと思いますが、もっと速く走れるコツがある。そのひとつが、このバネを使うという動きです。

たとえば、高く飛びたいときは力強く地面を蹴ろうとして膝を曲げて力を伝えようとしますよね。しかし、このトレーニングでは最初は膝を曲げて勢いをつけてジャンプしてもよいですが、一度ジャンプしたらあとは足全体のバネに体重を乗せるようなイメージでジャンプを繰り返します。着地したときに軽く膝は曲がりますが、このとき地面を蹴るのではなく、足のバネの反動を使って上に跳ぶというイメージです。コツをつかむまで最初は少し時間がかかるかもしれませんが、足のバネに体重を乗せる感覚さえつかめば、気持ち良く、跳ねるように連続してジャンプすることができるようになります。この足のバネを使うために、最初にお話しした体の軸が真っ直ぐになる姿勢が重要になってくるというわけです。」

――なんとなく縄跳びするときのジャンプの感覚に似ていますか?

「そうですね。縄跳びも連続するためには、体を真っ直ぐにして軽やかに跳ぶことが必要です。地面を蹴ろうとすると足を曲げて力を伝えようとしてしまいがちで、そうするとどんどん姿勢が低くなって連続して跳びづらくなります。縄跳びも高い姿勢を保ちながら足のバネを有効活用できる子は、やはりうまいですよね。その感覚と同じでよいと思います。まずは、この“体の軸”と“足のバネ”の感覚を覚えてください。」

Point2
力を流す=体を前に運ぶ「足の動き」を覚える

――ふたつめのポイント“地面からの反動を前に進む力に変える足の動かし方”について、教えてください。

「走るためには、当然、前に進まなくてはなりません。そこで必要になってくるのが、ひとつめのポイントで覚えた地面からの反動でジャンプする力を、前方への推進力に変えることです。

ここで意識してほしいのは、前の足が着地すると同時に後ろの足を前に運ぶ動きです。このとき、足(靴)を前に移動させるというよりも、膝を前に運ぶというイメージを持つとよいでしょう。そうすると“膝を前に出した足”と“軸となっている足”の間に三角形ができます。この三角形を意識して足を運べるようになればOKです。」

――ここでも、地面を蹴る動きはしないほうがよいのですか?

「そうですね。地面に足を着地させた時点で地面からの反動は十分に得られます。速く走るには高く跳ぶ必要はないので、それ以上の力は必要ありません。それよりも、その反動を膝を前に運ぶことで推進力に変えていくことが速く走ることにつながります。足の運び方は少しテクニカルな印象を持つかもしれませんが、足が着地したら逆側の膝を前に素早く送り出す、そのタイミングと三角形を意識するだけで、走り方は変わってくるはずです。」

――まずは動きを意識することが大事だということですね。

「この体の軸をつくり、足のバネを使うこと。そして、足のバネを使って地面からの反動を受け、上に跳ぶ力を前方への推進力に変える動きは、決して難しいテクニックではありません。年齢や体型に関係なく、意識するだけでも感覚は変わってくるので、ぜひ試してみてください。きっと走ることが楽しくなると思いますよ。」

まとめ

今回、土江先生に教わった速く走る基本の「き」は、運動会を走る子どもから桐生選手をはじめとするトップスプリンターだけでなく、箱根駅伝や42.195kmを走る長距離ランナーにも共通する動きだと言います。

「桐生や世界一速いウサイン・ボルトさんも、箱根駅伝のランナーも、速い選手に共通するのは軽快な動き。もしもイメージがわかないという方は、今回解説した速く走るポイントの観点から選手の走りを見てみてください。きっと良いイメージがわいてくると思います。」(土江)

大切なのはイメージと意識。運動会でかけっこに出場するお子さんや、子どもと一緒に運動会に参加するお父さん、お母さん、会社の運動会で徒競走などに参加する社会人の方も、ぜひ今回のふたつのポイントを試してみてください。

<プロフィール>

土江 寛裕(つちえ ひろやす)
東洋大学 法学部 企業法学科 教授
陸上競技部(短距離部門)コーチ

博士(人間科学)。専門はスポーツバイオメカニクス、コーチング。東洋大学の陸上競技部短距離部門コーチを務め、2018年から日本陸上競技連盟オリンピック強化コーチに就任。自身も選手として1996年アトランタ五輪、2004年アテネ五輪に出場。アテネでは4x100mリレーのメンバーとして4位入賞を果たした。

<撮影協力>

松尾 隆雅
東洋大学 陸上競技部(短距離部門)

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