【動画】ロックンロールを信じて。サンボマスターが抱く音楽への思い

「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」「できっこないをやらなくちゃ」などの楽曲で知られるスリーピースバンド「サンボマスター」。

パワフルかつメロディアスなサウンドで多くの人に愛される国民的バンドの3人が初めて出会ったのは、東洋大学の音楽サークル「作詞作曲研究会JAM」でした。

今回は、サンボマスターの山口隆さん(Vo/Gt)、近藤洋一さん(Ba/Cho)、木内泰史さん(Dr/Cho)に、バンド結成の地である東洋大学朝霞キャンパス(埼玉県)にて行われたNHK『SONGS』収録の際に、「LINK UP TOYO」でもインタビューを敢行!当時の思い出や音楽に対する思いをうかがいました。夢を追う方々へのメッセージもいただきましたので、ぜひ記事内の動画もご覧ください。

東洋大学で出会った3人


画像:NHK『SONGS』収録中の山口隆さん(写真右から3番目)・近藤洋一さん(写真右から2番目)・木内泰史さん(写真右)

―音楽サークルで出会われた3人ですが、東洋大学ではどんな大学生活を送られていましたか?

山口「大学時代はとにかく毎日が楽しかったですね。僕たちは音楽サークルの中でも隅っこにいた3人でした。いつも朝霞キャンパスの図書館下の学食(※現在は別の場所に移動しています)に集まって取り留めのない話をしたり、近ちゃん(近藤さん)の家で過ごしたりしていましたね。」

近藤「当時、授業によっては白山キャンパス(東京都)と朝霞キャンパス(埼玉県)を行き来することもありましたが、僕の一人暮らしのアパートは、その中間くらいの要町(東京都)というところにあったんです。だから、いつのまにかみんなが集まるようになって。一緒に住んでいたみたいな感覚だよね(笑)。」

山口「たしかに、そのくらいずっと近ちゃんの家にいたね。外界との接触ゼロ!(笑)。」

―大学在学中に一番情熱を注いでいたことは、やはりバンド活動ですか?

山口「やっぱりそうですね。毎日夢中でバンドをしていました。」

木内「僕は法学部だったので、主に法律を…。」

山口・近藤「嘘つけ!(笑)。」

飾らないからこそ伝わるものを大切に


画像:収録を遠目に見ていた学生のシャツにサインをする木内さん
―皆さんの曲には前向きで元気をもらえる楽曲が多いですよね。曲作りで気を付けていることはありますか??

山口「作為的な歌詞にならないように気を付けています。人間って考えすぎたり、無理をして自分の色を出そうとすると、カッコつけてしまう生き物じゃないですか。でも、どんなに飾ったところで思いが伝わるわけではないですし、自分自身の内側から出た率直な言葉を大切にするようにしています。

あと僕は、自分の書いたものをすぐに引っ込めちゃうタイプだから、自分では恥ずかしいと思う歌詞でも、なるべく2人に見せて意見をもらうようにしています。」

木内「そうだよね(笑)。これまでたくさん山ちゃん(山口さん)の歌詞を見てきたけれど、『俺はこれやらないから』ということは絶対にない。ある意味、そこに信念があるんだと思う。

山口「2人を信頼しているので、2人がいいと言えば使いますね。歌詞を見て、近ちゃんが大笑いしてくれたこともあったよね。もう20年くらい前になるけれど、近ちゃんに『今日は山ちゃんの歌詞をちゃんとチェックするからな』と言われて緊張していたのに、全部スルー(合格)だったのも思い出深いなぁ(笑)。」

全てを受け入れてくれる、それが「ロックンロール」

―ズバリ、皆さんにとって「ロックンロール」とは?

山口「そうですね。ロックンロールは『命の肯定』ですね。

こんなことを言ったら怒られるかもしれないけれど、『学校がつまらない』とか『仕事に行きたくない』とか、生きてれば毎日色々なことがあります。そんなとき、ロックンロールは『君はそのままでいいよ』と言ってくれる。『君が一人だって構いやしないよ。洋服に自信がなくたってギターは弾けるんだろ?ギターが弾けなくたって足踏みはできるんだろ?』と言ってくれるんです。

こっちが『ロックンロールなんて…』と突き放したって、『そうかい、それなら見守ってるよ』と。全てを受け入れてくれて、絶望の果てに『愛こそ全て!』だと教えてくれる、それが『ロックンロール』じゃないですかね。

近藤「学生の頃は自分の部屋にあるCD以外は何も持っていなかったけれど、悶々とした日々の中で、唯一音楽だけが『お前は間違っちゃいないよ』と言ってくれました。それがあったから生きてこられたと思います。

山口「本当に『ロックンロール』からたくさんのものを学びました。」

―皆さんは応援ソングを歌われていますが、逆に「この曲に応援されたな」という曲はありますか?

山口「カーペンターズの『We’ve Only Just Begun (邦題:愛のプレリュード)』ですね。学生生活と一緒にバンド活動も終わってしまうのかな…と考えていたときに、この曲の『私たちはまだ始まったばかり』というメッセージを聴いて、『俺たちだって、まだ始まったばかりじゃないか!』と励まされました。」

木内「僕は、遠藤賢司さんの『不滅の男』ですね。この曲には、『頑張れよなんて 言うんじゃないよ 俺はいつでも最高なのさ ああ 俺は不滅の男』という歌詞があるんです。やっぱり生きているとうまくいかないことが多いじゃないですか。そんな時にこの曲を聞くと『俺は間違ってない、いつだって頑張ってるし最高だぜ!』と思えますね。」

近藤「僕はやっぱり忌野清志郎さん。『メロメロ』や『夢見るグルーヴィン・タイム』が好きですね。東洋大学の大学祭(工学部)に来てくれたこともあったんですよ。 その清志郎さんが亡くなって悲しかったけれど、とても尊敬し憧れる清志郎さんの日本武道館での追悼ライブに出演させてもらったことは自分の誇りですね!」

山口「そうだったね。僕もテレビで『日本のロックの神様は忌野清志郎です!』と言ったことあるよ。すごく勇気づけられるし、やっぱりすげぇかっこいいよなぁ。」

僕らはずっと夜明け前――。今に感謝して

―デビュー15周年を迎えた皆さんですが、苦労が報われたと感じた瞬間はありましたか?

山口「まず、この3人で大学時代と同じ空気感の中で音楽を続けられていること自体が奇跡だと思っています。僕は大きなライブ会場に入ると『何をしに来たんだっけ?』と思うくらい、未だに現実感がないんです(笑)。東洋大学の卒業式は日本武道館でやるんですが、その武道館で昨年はワンマンライブをすることもできました。あの時はやっぱり嬉しかったなぁ。」

近藤「会ったこともない人が自分たちのCDを買って、聴いてくれる。こんなことが自分の人生に起こるんだというのが信じられない気持ちだよね。」

―音楽で生活していこうという決断には勇気が必要でしたか?

山口「まさか音楽で食べていけるとは思っていなかったですね。でも、この3人でいるのが楽しくて、ずっとこの生活を続けるためにがむしゃらに走ってきたという感じで。これって“ロックンロール”に就職したことになるのかな(笑)。」

近藤「僕は分厚い資料を請求したりして、実は少しだけ就職活動にもチャレンジしましたけどね!就職先が決まった人は大学に報告をして、それを見た後輩たちがOB・OG訪問するんでしょう?」

山口「そうだったんだ、知らなかった!ロックンロールへのOB・OG訪問はまだ誰も来てないけどなぁ(笑)。 実は僕も一度、スーツを着て就職活動イベントに行こうとしたことがあったんだけど、行きの電車の中から偶然にも木内君がフラフラと歩いていたのが見えて。『(普通に就職しようとして)ごめん、木内君!』と思って引き返したんだよね。」

木内「至極、まっとうなことをしているだけなんですけどね(笑)。」

山口「結局、ロックンロールはすごく居心地がよくて、近ちゃんの家で過ごしていたあの『夜明け前』のような楽しい時間をずっと続けたくて、気がついたらここまでやってきました。支えてくれる仲間や僕たちの音楽を聴いてくださる皆さん、そして音楽を続けられている今に感謝しています。

―最後に、夢を追いかける方々に向けて、メッセージをいただけますでしょうか。
 


 

<プロフィール>
サンボマスター
ビクターエンタテインメント所属。2000年に東洋大学の音楽サークル「作詞作曲研究会JAM」にて山口隆、近藤洋一、木内泰史によって結成されたスリーピースバンド。2003年に「放課後の性春」でメジャーデビュー以降、多くのヒット曲を発表し、精力的にライブ活動を行う。2018年には、新曲「輝きながら走ってく」がドラマ「チア・ダン」(TBS系列)の主題歌に抜擢された。代表曲「青春狂騒曲」「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」ほか。
 


山口 隆(やまぐち たかし)
1999年 東洋大学法学部法律学科卒業
ヴォーカル・ギター担当
1976年2月8日生まれ
福島県会津若松市出身
 

近藤 洋一(こんどう よういち)
2002年 東洋大学経済学部経済学科卒業
ベース・コーラス担当
1977年6月16日生まれ
栃木県下野市出身
 


木内 泰史(きうち やすふみ)
2000年 東洋大学法学部経営法学科(現・企業法学科)卒業
ドラム・コーラス担当
1976年8月4日生まれ
千葉県袖ケ浦市出身