「もし村上春樹が床屋に行ったら」文体模写の鬼才・菊池良の頭の中を覗く

他人の文体をまねて書く「文体模写」。最近、この文体模写を使って書かれた一冊の本が話題になったのをご存知ですか?

その本のタイトルは『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(通称『もしそば』)。
一冊を通して、名だたる文豪や著名人たちがひたすらカップ焼きそばの作り方を説明するというあまりにシュールな内容、そして原作を読んでいなくてもなぜか分かってしまう共感性は、ネットを中心に多くの支持を集め、続編の『青のりMAX』も含めて15万部ものベストセラーになりました。

今回のゲストは『もしそば』の著者のお一人で、東洋大学文学部出身の菊池良さん。
文体模写をしているとき、菊池さんの頭の中は一体どうなっているのでしょうか。先日菊池さんがTwitterに投稿した「もし村上春樹が床屋に行ったら」を例に、お話を伺ってみました。

もし村上春樹が床屋に行ったら


画像:菊池良さんTwitter

-こちらが、菊池さんが先日投稿された内容ですね。正直に申し上げると私は村上春樹さんの作品をあまりよく知らないのですが、なぜか『村上春樹っぽいな』と思ってしまいます(笑)。こちらはどのようなことを考えながら書かれたのか、詳しく教えていただけますか。

 2016年の年の暮れ、あるバーバーでの出来事だ。

「分かりました。まず『2016』という数字。漢数字じゃないのが『小説っぽくないな』と思うかもしれないですが、初期の春樹はアラビア数字を使っているんですね。『1973年のピンボール』というように。それと、『バーバー』という言葉は、使いそうだなという理由ですね。現在の春樹は横文字を多用するわけではないんですが、初期のイメージが強いと思うんです。」

画像:菊池良さん

-言葉のチョイスに特徴があるのですね。

 遠くから見ると、その男はまるで太ったたぬきのように見えた。それは愛らしいというよりも、獣特有の近寄りがたさがあった(ただし、彼を知っている人間にそのことを言うと、そんな人じゃないとみんなが口を揃えた。あるいは僕にだけそう見えていたのかもしれない)。

「この部分、これは大きな特徴なんですけど、村上春樹作品の主人公である『僕』はあまり断言しないんですよ。『~だ。あるいは、~だったかもしれない』って必ず別の可能性を示すんです。常に別の可能性を頭の中に入れているのが『僕』なんです。」

「それで、今日は?」彼は回転式の椅子をこちらに向けながらそう言った。「今日はいったい?」

「そして、地の文をセリフとセリフで挟み込む。よくある書き方ですが、同語反復などをすると春樹っぽさが出るかと思います。あとは『「〜」と女は言った。』という言い回しも多いですね。」

-噛みしめるような余韻がありますね。

 僕は椅子に座りながら、口に出す言葉を探していた。ここに来るといつも軽い失語症になっていた。まるで初めて外に出された室内犬のように。
「うん、そうだな。これは一つの参考意見として聞いてほしいんだけど──伸びてきたから、切ってほしいんだ」「伸びてきたから、切ってほしい」

「相槌の同語反復もよく見られます。会話の主導権を握っている人間の言葉を繰り返すんですね。ここでは床屋の主人がそうなっていますが、小説では『僕』がそうなることが多い。会話の主導権を握らないのが『僕』なんです。」

 彼は鏡越しに「ちょっとよくわからないな」という表情を見せた。確かにそうだと思う。僕だってこんな注文をされたら困ってしまうだろう。
「それはつまり、今の状態で何センチか切ってほしいってことかな?」
「ああ」僕は頷いた。「それで合っている」

「よく『細かい確認』をするというのも特徴の一つです。あとは『頷く』。春樹作品の登場人物は作中でよく首を振ります。『海辺のカフカ』で『首を振った』とだけ書かれていたのを覚えています。」

-たしかに当たり前のことを細かく確認していますね(笑)。

 彼はほっぺたに左手をあてて、しばらく思案した。僕はその間、ずっと鏡の奥に見える待合スペースの本棚を見つめていた。日焼けした「課長・島耕作」を凝視しながら、彼が次の言葉を発するのをじっと待っていた。

「『待つ』のもよくありますね。登場人物が何かをただ待っている。あるいは静観している。『ねむり』では、タイトルそのままに主人公が眠気がくるのを待っています。あと、実際にある作品のタイトルを出すっていうのもよくありますね。」

―無意識に時間の流れを感じさせるのですね。

「5センチ……でいいかな」
「5センチでいい」
食い気味に言った。彼の表情が明るくなる。地図を渡された航海士のように。

「ここでも同語反復をしていますね。特徴的なので、たくさん入れました。」

―なるほど。それにしてもなかなか髪を切り始めないですね(笑)。

「もう一つだけいいかな?」彼がカットクロスを僕に付けながら聞く。「耳を出す? あるいは、出さない?」

「ここでも細かい確認が入ります。あとは、『耳』。村上春樹はなぜか耳にこだわっています。『羊をめぐる冒険』では耳専門のモデルが出てくるし、最新作の『騎士団長殺し』では、少女の耳を美しいと表現しています。」

 うまく言葉が出てこなかった。その選択が、いったい僕の人生にどんな影響があるというのだろう。
「それは──きみが決めてほしい」
「きみが決めてほしい」

-また2回言いましたね!そしてここでも絶対に自分で決めない…もはや固い意志すら感じます。

 彼は言葉を繰り返すと、じっと考え込んでしまった。再び彼が口を開くのを、僕は待っているしかない。冬眠中の熊が春を待つように。

-お願いだから髪を切ってください!(笑)

「こんなことを考えて、文体模写をやっています。」

―作品の特徴を非常に細かく捉えているのですね。村上春樹さんの作品を読んでみたくなりました(笑)。

大学時代の村上春樹との出会い

画像:『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』より

-文体模写を始めたきっかけを教えてください。

「文体模写というよりは、村上春樹ですね。僕は村上作品のファンで、今まで出たものはすべて読んでいるんですが、ある時から日常を村上春樹的に切り取ることの快感に気が付きました。どんな平凡な出来事でも、村上春樹的に書くとなぜか気持ちいい。気分がのびのびとする。『ヨガ』の気持ち良さです。

それから、村上春樹でどんなことを書いたらみんなが面白いと思うのかを考えるようになりました。それが今につながっています。」

―なるほど。文体模写は村上春樹さんがきっかけだったのですね。いつから村上さんのファンなのですか?

「はじめて読んだのは大学1年生のときです。教室に入ると本を読んでいる人がいて、話のネタにでもなればと『何を読んでるの?』と聞いてみました。そしたら、それが『海辺のカフカ』だった。聞いてしまった手前、そのまま会話を終わらすこともできなくて貸してもらうことにしました。

『海辺のカフカ』は上下巻で、これまで上下巻の本を読み切った経験がなかった僕には荷が重いなと思ったんですけど、いざ読み始めたらびっくりするほどスラスラ読めて。あっという間に読み終わりました。最初の10ページくらいで分かりましたね。『今まで読んだものと全然違うぞ』って。

文章の面白さに気づいた少年時代


-それまでは、どんな本を読んでいたのですか?

「今でも鮮明に覚えているのは、小学生のときに読んだ『スレイヤーズ』というファンタジー系のライトノベルです。それまでは、文章=教科書的なものというイメージしかなかったので、文章で笑えるっていうことがとても衝撃的でしたね。

―そうなんですね。当時から自分で文章を書いたりしていたんですか?

「僕が小学生だった当時はインターネットが流行りだした頃で、自作のホームページを作ってそこに日記を書いたりしていました。そうしているうちに、インターネットにどハマりして。

高校に進学しましたが、数か月でやめました。それから大学入学までの6年間は一日のほとんどをパソコンの前で過ごしていましたね。世に言う、引きこもり状態です。YouTubeを観たり、ブログを書いたり、コメントしたり。引きこもりというとマイナスなイメージがありますが、毎日とても楽しかったですね。」

-6年も自宅に!そんな生活から一転、なぜ大学に行こうと思ったのですか?

「作家の水野敬也さんに、面白いものを作りたいのなら『まず普通を知れ、そのために大学に行け』と言われて。幸い大検(大学入学資格検定)はとっていたので、受験勉強をしてなんとか合格することができました。」

大学には行ってよかったと思っています。尊敬できる教授とも出会えたし、文学部の授業では、さまざまな小説を読む機会があったので。振り返ってみると、自分ではまず読まない小説を授業で無理やり読むというのはいい経験でしたね。1920年代のモダニズム文学とかは、普通に暮らしていたらなかなか読みません。堀辰雄の「死の素描」を読んだときに、その書き方に魅了されて、そこから文体を意識し始めた気がします。」

お茶づけのようなコンテンツを作りたい

画像:『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』

―今後は、どのような作品を書きたいですか?

単純に面白いと思えるものですね。面白くてスラスラとずっと読んでいられる、例えるならお茶づけのようなものをつくりたいです。お茶づけってさらさら食べれて、すごく美味しいですよね。文章でそれをやるにはどうしたらいんだろう……といつも考えています。アニメで言えば、『アドベンチャー・タイム』のような、あるいは家具で言ったらメンフィスのような……いや、きっとここで言葉にできるものではないのでしょう。」

-なるほど!お茶づけのような作品ですか。読んでみたいです。最後に、菊池さんにとって文章とは?

「そうですね……僕って文章の人間なんだなと思います。いや、これは先月思ったばっかりなんですけどね(笑)。文章を書くのだけはこれからもやめないでいようと思います。」

瞳の奥に秘めた文章への情熱

あまり感情を表に出さず、一定のトーンでお話になる菊池さん。しかし、その瞳の奥には「文章で面白いものを作りたい」という強い思いがありました。ありのままの事柄の中に面白さを追求するその姿勢は、村上春樹作品に流れる空気感を体現しているようにも思えました。

<プロフィール>
菊池 良(きくち りょう)
東洋大学文学部 日本文学文化学科卒業
ライター・WEB編集者
学生時代に公開したWEBサイト「世界一即戦力な男」が注目を集め、書籍化、WEBドラマ化される。2014年に東洋大学を卒業後、Web制作を行う株式会社LIGを経て、現在はヤフー株式会社で書籍やWEBメディアの企画、ライティング、編集などを行う。著書『世界一即戦力な男』(フォレスト出版)、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)ほか。