限界のその先へ。ウォルシュ ジュリアンの次なる挑戦

 
人間の無酸素運動の限界を優に超え、動かなくなる筋肉を極限まで動かし続ける陸上400m。
「最も辛い」と評されるこの競技において、頭角を現す選手がいます。

その選手の名はウォルシュ ジュリアン。
ジャマイカ人の父と日本人の母を持つウォルシュ選手が本格的に競技を始めたのは、高校2年生の時でした。その後、ダイナミックで伸びのある走りを武器に、飛ぶ鳥を落とす勢いで、自己記録を更新。大学2年時の日本選手権を45.35秒(日本歴代7位)の自己記録で制し、リオ五輪への出場権を得たのです。競技を始めてから、わずか4年のことでした。

2018年にはアジア大会にも出場するなど、国際大会で日の丸を背負う機会も多かった大学生活。リオ五輪から約2年、東洋大学の4年生となり卒業を控えるジュリアン選手に、競技を始めてからの心境の変化、そして次なる目標について聞きました。
 

大舞台での経験を糧に


画像:東洋大学陸上競技部 ウォルシュ ジュリアン選手

―今年(2018年)8月にインドネシア・ジャカルタで行われたアジア大会では、400mで第5位、4×400mリレーでは銅メダルという結果を収めました。シーズンを振り返ってどうですか?

「アジア大会は、自分のキャリアの中でも大切な試合と位置付けていました。コンディションも悪くなく、400mの決勝でも最終コーナーを回るまでは『いける!』という思いがありました。しかし、ラスト100mでスピードを維持できずに失速。世界との壁を感じましたね。メダルを狙っていただけに、悔しさが残っています。

一方で、4×400mリレーでは第一走を務め、銅メダルを獲得※することができました。今回のリレーメンバーは皆、ライバルであり、良き友人(先輩)。今後も切磋琢磨しながら、来年の世界リレーや東京五輪でともに良い結果を残していけたらと思います。」
※決勝出場メンバー(出走順):ウォルシュ ジュリアン、小池祐貴(ANA)、安部孝駿(デサント)、飯塚翔太(ミズノ)

―帰国後、9月に行われた日本インカレでは個人(400m)、リレー(4×400m)ともに優勝されています。アジア大会からの切り替えは上手くいきましたか?

「世界で戦うことを目指す以上、学生の大会では負けられないという思いがありました。結果として個人・リレーともに勝つことはできましたが、思った以上に接戦に持ち込まれてしまったという印象です。記録も満足のいくものではなかったですし、本音を言えば、もっともっと相手を引き離して勝ちたかった試合です。

今シーズンは自分にとってすごく良い年とは言えませんでした。しかし、怪我もなく継続して練習を積むことができている点において、“東京五輪への準備期間”という意味では、充実した1年だったと感じています。
 

画像:ダイナミックなストライドとバネのあるリズミカルな走りがウォルシュ選手の強み
 
―大学2年時に出場したリオ五輪では予選敗退という結果でした。その時から競技面で成長を感じる部分はありますか?

「リオでは完全に会場の雰囲気に飲まれ、緊張で体が思うように動きませんでした。今思えば、あれは完全に『悪い緊張』でした(笑)。

もちろん今でも試合前は絶対に緊張するし、ワクワクもします。全く緊張しない試合は気が抜けてしまうし、緊張しすぎれば体が硬くなってしまう。『緊張』と『ワクワク』はどちらが欠けていても走れないんです。ここ数年はこの二つのバランスを意識し、以前よりは『良い緊張』の状態で試合に臨めるようになってきたと思います。」

―それは具体的にどうするのですか?

「あまり『これ』といった方法はないのですが、試合経験を積むうちに、少しずつ自分のことが分かるようになったのだと思います。また、しっかりと練習を積めていれば、それが自信になります。

強いて言うなら、音楽を聴いてリラックスすることでしょうか。試合前は、主にHIPHOPやR&Bなど好きな音楽を聴いて過ごすようにしています。あと、『on your mark』(スタートコール)の時には、『ジュリアン!お前は最高だ、お前なら絶対やれる!』と自分に言い聞かせて、気持ちを高めています。もしかしたら、口が動いちゃっているかもしれません(笑)。」

―スタートの時は、口元に注目ですね(笑)。
 

いつも支えてくれる家族とチームメイトの存在


 
―大学での4年間を振り返っていかがですか?

「梶原道明監督と土江寛裕コーチのもと、最高の環境に身を置くことができ、良い仲間にも出会うことができました。とくに、昨年(2017年)に100mで9.98の日本記録を出した先輩の桐生祥秀さん(現・日本生命)と同じ環境で練習できたことは、自分にとって大きな刺激になりましたね。

レースでは、やはりリオ五輪出場を決めた2016年の日本選手権400m決勝が印象に残っています。最後の100mは、監督やコーチ、家族やいろいろな人の顔が頭の中に思い浮かんで。あの感覚は今でも忘れることができません。」

―注目される機会も多くなったかと思いますが、そこはどうお考えですか?

「競技を始めてすぐの頃より、応援の声がたくさん耳に入るように感じています。僕は、周りの応援でモチベーションを上げるタイプなのでとても嬉しいです。地元の東京都・東村山にはよく帰るのですが、そこのスポーツジムのスタッフの皆さんも、いつも声をかけてくれて。やっぱり、応援はすごく力になります。」

―ご家族も応援してくださっていますか?

「そうですね。母は嬉しいときも、落ち込んだときも、どんなときも明るく受け入れてくれて、意思を尊重してくれる。僕にとって一番の応援団です。実はこう見えて、大学に入学してすぐの頃は、ホームシックになって週に1回は実家に帰っていたんですよ(笑)。

リオ五輪では、母と兄、姉そして、ジャマイカから父も応援に駆けつけてくれました。家族をあの舞台に招待できたことは今でもとても嬉しく思っています。次はもっと結果を出して、最高の景色を見せてあげたいです。」
 

“44秒”台の世界を見てきます


 
―競技面で今後の課題はありますか?

「一番はラスト100mからの切り替えです。400mでは、最終コーナー明けの100mが非常に大切なのですが、僕は200mから300mの間で一息ついてしまう癖があって。

一度スピードが落ちると、再び上げるのは難しい。前半からしっかりと飛ばして、スピードに乗りながら各区間をコンスタントに走り切る力をもっと強化していきたいと思っています。

―今後の目標を教えてください。

「正直なところ、今年自己ベストを更新できなかったことはとても悔しいです。それでも、今後、自己ベストやそれ以上の記録を出せるという自信を持って練習に取り組んでいます。

まずは、東京五輪の前哨戦でもある来年の世界リレー(日本・神奈川)、世界選手権(カタール・ドーハ)。そこにしっかりと照準を合わせて練習を積んでいきたいです。その過程の中で自己ベストを更新し、44秒台を狙えるような選手になりたいですね。

聞いた話によると、44秒台で走る世界のトップ選手はラスト100mでも足が動くし、あまり苦しさを感じないらしいんですよ。本当かどうか、僕が44秒台の世界を見てきますね(笑)。東京五輪に向け、これまでの限界を超えていきます。
 

次なるステージへ

ひょうきんで少しシャイなムードメーカー、けれど競技への思いは人一倍まっすぐ。大学生活は「五輪」という一つの夢が達成された場所であり、同時に競技者としての課題を発見できた場所でした。4月からは、新たな環境での活躍に期待が集まるウォルシュ選手。
on your mark,次なるステージに向け、準備は整っています。
 
<プロフィール>

ウォルシュ ジュリアン ジャミィ
東洋大学 ライフデザイン学部 健康スポーツ学科4年
陸上競技部短距離部門

陸上競技選手。1996年ジャマイカ・キングストンに生まれ、3歳より東京都東村山市にて育つ。高校2年時に陸上400mを始め、3年時には世界ジュニア選手権に出場。東洋大学2年時には、45.35秒の自己記録を打ち立てリオ五輪代表に選出。そのほか、2015年アジア選手権、2018年アジア大会などの国際大会で日本代表として活躍。レース前のルーティンは蕎麦を食べること(海外など蕎麦がない場合にはパンと牛乳)。