【2020×TOYO】キーワードは「血管保護」。アスリートを“暑さ”から守る科学の力は、未来の健康も変える

2020年7月まであとわずか。「五輪」という最高の舞台を夢見て、厳しい練習を積み重ねてきた多くのアスリートたちにとってこの日、この一瞬に懸ける思いには並々ならぬものがあります。

一方で、懸念材料とされているのが東京の「暑さ」。開催時の気温は34度を超えるとの予測もあり、一部競技においては安全性に疑問の声が上がったり、アスリートのコンディションやパフォーマンスへの影響が心配されています。

今回訪れたのは、アスリートを「暑さ」から守るための研究が行われている東洋大学板倉キャンパス。生命科学部生命科学科教授の川口英夫先生に詳しいお話を聞きました。

シリーズ【2020×TOYO】とは?
アスリートが最高の結果を出すために、そしてすべての人が幸せに生きる社会をつくるために。2020年に向け、東洋大学ではオリンピック・パラリンピックを推進し、2020年以降の社会に貢献するべく、さまざまな研究が行われています。このシリーズでは、それらの研究の一部を皆さまにご紹介していきます。

パフォーマンスを低下させる「暑熱ストレス」


画像:東洋大学生命科学部生命科学科教授 川口英夫先生

――2020年の夏は、猛暑が話題になることが多いですが、現在先生が取り組まれているアスリートを「暑さ」から守る研究とはどのようなものですか?

「皆さんもご想像できるかと思いますが、猛暑などの過酷な環境下では、運動のパフォーマンスが下がったり、最悪の場合、熱中症や脱水症状に陥ることがあります。『暑い』というのは、それだけで身体にとって大きなストレスとなります。

そこで、現在は暑さが身体に与える『暑熱(しょねつ)ストレス』への対応策を見つけることで、アスリート本来のパフォーマンスを維持したり、熱中症や脱水症状を予防するための研究に取り組んでいます。」

――「暑熱ストレス」について詳しく教えてください。

「『暑熱ストレス』とはいわば、暑さによって身体が受けるダメージです。

人間は、運動などで体温が上昇すると汗が出ます。そして、その汗が蒸発するときに一緒に熱を奪うため、体温を下げることができます。汗をかくことは暑さに対して身体が持つ最大の防御反応と言えるのですが、猛暑などの『暑熱ストレス』が強い環境では、汗をかくための身体のしくみ(機構)自体も働きが低下してしまいます。

すると、効率的な熱放出ができずにパフォーマンスが低下したり、ひどいときには熱中症や脱水症状を引き起こしたりする原因となるのです。特に、人間の体温を超える37度以上の環境では自然に熱が体外から入ってきてしまうため、上手に汗がかけないと命に関わることもあります。

暑熱ストレスの中、アスリートがパフォーマンスを維持するための最大のポイントは、汗をかくための機構をいかに維持するか(許容範囲内でダメージを抑えるか)であると考えられるのです。これを踏まえ、私たちの研究グループでは『暑熱ストレス』から『血管を守る』(血管の熱耐性を上げる)ための研究を行っています。」

天然成分を配合した「血管保護食品・飲料」の開発


画像:熱耐性を測定するために、細胞の培養の準備をする大学院生

――汗をかくための身体の機構を暑熱ストレスから守ることと、血管を守ることにはどのような関係があるのですか?

「汗をかくための身体の機構と言われると『汗腺』を思い浮かべる方も多いと思います。しかし、じつは全身に張り巡らされた血管(毛細血管)もその働きを担う機構の一部なのです。

『汗腺』は全身におよそ300万個存在する汗の製造工場です。血管(毛細血管)は、この『汗腺』を取り囲むように接していて、血液中の水分やイオン、老廃物などを選択的に『汗腺』へと送り出し、汗の原料を作っています。

しかし、『暑熱ストレス』により血管がダメージを受けて壊れると、想定外の量の水分やイオン、本来なら排出されない血漿(けっしょう)成分などの栄養が汗となって体外に漏れ出してしまいます。すると、体温や体液濃度の調整が困難になるのです。」

――「血管を守る」ということは、汗をかくための機構を守ることなのですね。ではどのように血管を守るのでしょう。

「すでに、血管内部の『内皮細胞』を熱から守る(熱耐性を高める)作用のある天然成分をいくつか発見しており、民間企業の協力を得ながら、この成分を配合した食品・飲料の開発に取り組んでいます。

具体的な成分名についてはまだ詳しいお話ができないのですが、もちろん天然成分ですので、アスリートが摂取した場合でもドーピングの規約違反になる心配はないと聞いています(※2019年1月現在)。将来的には市販化を目指し、『血管保護食品もしくは飲料』という形でアスリート中心に提供できればと考えています。」


画像:実験に使用する暑熱培養用のインキュベーター

――なるほど。現在、プロジェクトはどの程度進んでいるのですか?

「現在は試作段階です。効果の測定ももちろんですが、たとえばいくら良い成分が入っていたとしても、味や風味が受け入れられなければ継続して飲んでもらえませんから、有効成分の含有量を維持しつつ、美味しくしなければいけない。そこがなかなか難しいですね。

具体的な目標として、まずは今夏中(2019年)に、アスリートやスポーツ習慣のある成人男性に継続的に摂取してもらい、血液検査データや血管機能、パフォーマンスの動向などを評価したいと考えています。2020年までにはトップアスリートのサポートを行いたいですね。」

2020年以降の社会を見据えて

「まだ先の話になりますが、この『血管保護食品・飲料』が世の中に流通すれば、広く一般の方々の健康維持にも寄与できるのではないかと考えています。」

――アスリートではなく、ですか?

「急速に高齢化が進み、要介護者数が右肩上がりを続ける日本において、いかに自立した生活が送れる期間を長くするかは大きな課題です。介護が必要になった原因の第1位は脳血管疾患(脳卒中)で、心疾患(心臓病)を入れると、その割合は19.8%にも上ります(※)。健康に生きるには、血管の健康を保つことがとても重要なのです。

※内閣府『平成30年度高齢社会白書』(65歳以上の要介護者等の性別にみた介護が必要となった主な原因)より

もちろん、血管の健康を保つには、適度な運動や規則正しい食生活が欠かせません。しかし、『血管保護食品・飲料』によって、壮年期から継続的に血管をケアしていくことができれば、フレイル(※)や介護予防の一助となることも期待できます。

※フレイル:加齢とともに運動機能や認知機能等が低下し、生活機能が障がいされることで心身の脆弱性が出現した状態。一般的に、健常な状態と要介護状態の中間と言われる。

――それが実現すれば、すごいことですね。

「この食品・飲料に関しては、まだまだ研究途上にあり、私たちの研究グループでは現在学生たちが中心となって実験やデータの収集を行っています。これから実際の効果や安全性をしっかりと評価したうえで、社会に貢献できるようなものを生み出したいと考えているので、ぜひ期待していてください。」

――発売されたら是非試してみたいです。アスリートのパフォーマンス向上に寄与できる製品の開発を楽しみにしています。


画像:研究室で学生の実験を見守る川口先生

 
<プロフィール>

川口 英夫(かわぐち ひでお)
東洋大学 生命科学部 生命科学科 教授

博士(工学)。専門分野は脳神経科学研究。日立製作所基礎研究所勤務、東京工業大学(客員助教授)兼任などを経て、2009年より東洋大学の教授に就任。「筆跡の特徴量と精神状況の関係」(LINK UP TOYO「数字を書く時間でメンタルヘルスの不調が分かる!?工学博士に聞く、文字と精神の関係性」)、「共同作業時における行動特性の解析」、「iPS細胞の共培養系における分化誘導と成熟」などを研究している。

 
■東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成制度
東洋大学では、2017(平成29)年度からオリンピック・パラリンピックに関する特別プロジェクト研究助成制度を設け、「ライフイノベーション(食・健康分野における科学技術)によるアスリート育成」「バリアフリーの更なる発展(パラリンピックを契機とした障がい者スポーツの発展と共生社会の実現)」など、その研究成果がオリンピック・パラリンピックへの貢献につながることが期待される学内の研究プロジェクトに対し研究費を支援し、積極的に研究活動を推進している。

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