INDEX

  1. 誰もが安心して、快適に利用できるブロックのレイアウトを開発する
  2. 当事者の声に耳を傾け、本当に喜ばれるものを作り出したい
  3. さまざまな立場の人の利便性を考慮し、共存させられるデザインを探る

INTERVIEWEE

土田 賢省

TSUCHIDA Kensei

東洋大学 総合情報学部 総合情報学科 教授
博士(理学)。計算機科学、ソフトウェア科学を専門とし、グラフアルゴリズム、ソフトウェアの形式的手法、情報科学の応用などを研究。2013年から文部科学省による科学研究費助成事業の挑戦的萌芽研究に採択され、「色覚障害者向けアプリケーションの開発」を行う。『人文科学・社会科学における基礎統計および多変量解析』、『心理と情報』(ともにインデックス出版)などの著書(共著)がある。

■東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成制度
東洋大学では、2017(平成29)年度からオリンピック・パラリンピックに関する特別プロジェクト研究助成制度を設け、「ライフイノベーション(食・健康分野における科学技術)によるアスリート育成」「バリアフリーの更なる発展(パラリンピックを契機とした障がい者スポーツの発展と共生社会の実現)」など、その研究成果がオリンピック・パラリンピックへの貢献につながることが期待される学内の研究プロジェクトに対し研究費を支援し、積極的に研究活動を推進している。

誰もが安心して、快適に利用できるブロックのレイアウトを開発する

画像:東洋大学 総合情報学部 土田賢省教授

――はじめに、先生のご専門分野やこれまでの研究について、教えてください。 「専門はソフトウェア工学やソフトウェア科学です。コンピュータプログラムやプログラミングを対象とし、ソフトウェアの開発を体系的、数学的理論に基づいてに行うことなどを研究しています。また、人工知能(AI)の研究にも携わってきました。 今は、そうした情報科学技術を心理学や生態学、スポーツといった他分野に応用する学際的な研究に力を入れています。

――ソフトウェアを開発していくうえで、何がポイントになりますでしょうか?
「とくに最近は、『ユニバーサルデザイン』という視点を重要視しています。ユニバーサルデザインとは『すべての人のためのデザイン』を意味し、年齢や性別、国籍や障がいの有無などにかかわらず、あらゆる人の利用しやすさなどを念頭に置いて物事をデザインする考え方です。」

――コンピュータや情報工学がユニバーサルデザインとどのように関連するのか、もう少し詳しく教えてください。
「コンピュータの歴史は、ユニバーサルデザインの歴史と言っても過言ではありません。コンピュータはもともと物理や数学者、機械工学者などが使用するツールでしたが、広く普及させるために心理学なども取り入れて発達したという面があります。コンピュータを使うのは人ですから、人を中心に考えなければなりません。『より多くの人にとって便利で使いやすいコンピュータ』を実現させるには、ユニバーサルデザインの考え方が欠かせないのです。」

――そのユニバーサルデザインを用いて、先生は現在、視覚障がいのあるアスリートの支援を研究されていると伺いました。具体的にはどのような支援、研究をされているのでしょうか?
「視覚障がい者の移動支援として、屋外では“誘導用ブロック”が道路や公共交通機関などで広く使われています。実は、屋内で使用できるゴム製の誘導ブロックも開発され、市販もされているのですが、利用されているのは公共施設などほんの一部しかありません。このゴム製のブロックを、例えばスポーツイベントの会場に導入したら、来場する視覚障がい者の移動がより快適になるのではないかと考え、その導入方法や有効な配置方法などを研究しています。

誘導ブロックがもたらす、歩行の安全性や快適性の向上に関する研究・実験は過去にも行われていたのですが、会場ごとに異なるフロアデザインに応じてブロックをどう並べるか、“レイアウトに関する研究”はほとんどありませんでした。そこで、今回の研究では、AI技術を使って各会場に応じた最適なレイアウトを自動的に作成するシステムの開発を行っています。」
    


――研究に取り組まれたきっかけは何だったのでしょうか?
「数年前に、視覚障がい者を対象に考案された球技、ゴールボールに取り組む本学学生と出会い、練習や試合の応援に出かけたことがきっかけです。ゴールボールはパラリンピックの正式競技で、2012年のロンドン大会では日本女子チームが金メダルを獲得しています。

しかし、日本での競技人口は少なく、専用の施設はほとんどありません。また、一般施設の多くは視覚障がい者の利用を想定した設計ではなく、誘導用ブロックが常設されている施設も多くありません。ですから、視覚障がいのある選手たちは、トイレや更衣室、レストランなどへの移動には晴眼者(視覚に障がいのない人)によるサポートが必要になります。

市販されている屋内用のゴム製ブロックが効果的に敷設されれば、選手たちの不便さも少しは解消されるのではないかと感じたことから、とくにゴールボールの会場をモデルにして研究を進めています。」

――普及が進めば、アスリートたちだけでなく、観戦に訪れる視覚障がいのある観客などにも役立ちますね。それに、スポーツイベントだけでなく、入学式や卒業式といった一時的に大勢の人が集まる場面でも応用できそうです。
「そうですね。視覚障がい者の使い勝手を考えながら、他に施設を利用する晴眼者や車いすユーザーなどのことも踏まえ、検討する必要があります。ブロックをどのようにレイアウトすれば、誰もが混乱せず、衝突することもなく、安心して快適に使えるか。そのようなシミュレーションを重ねています。

そのとき、ユーザーの心理的な反応なども考慮しなければならないので、研究プロジェクトは私のような情報技術系の研究者に加え、心理学や生態学の専門家など、5~6名の協働で進めています。 また、コストや労力の負担が少ないことも重要なポイントです。そうでないと、施設運営者の理解や協力が得られず、普及につながりませんから。そこで、データサイエンスやAIを駆使することでコストや労力、作業効率なども考慮したレイアウトの提案まで行うことを目指しています。」
    

当事者の声に耳を傾け、本当に喜ばれるものを作り出したい



――具体的に、研究はどのように進められていますか?
「先行研究の文献を調べたり、屋外の誘導用ブロックの利用状況を観察するなどの事前調査は2017年頃からスタートし、本格的に研究をスタートさせたのは2018年5月頃です。ゴールボール会場を利用する視覚障がいアスリートに聞き取り調査を行い、レイアウトのモデルを作成しました。作成したレイアウトの中で最も効率よく、安全で快適に移動できるレイアウトをシミュレーションし、設計図化しました。

そして2018年末から2019年初頭にかけて、完成したモデルを使って視覚障がいの方と、晴眼者(視覚に障がいのない方)に協力してもらい、歩行実験を重ねました。移動の効率性、快適性、検知の容易性などを数量化して評価し、両者の歩行特性とのデータ比較なども行いました。」

――研究を進めるうえで、大切にされていることはありますか?
「やはり『当事者の声に耳を傾けること』ですね。研究結果やデータから最適だと思われたレイアウトでも、当事者に実際に試してもらったら、『使いにくい』といった反応もよくあることです。

例えば、一般的に晴眼者は移動するとき、直角に曲がるよりも曲線的になだらかに進むほうがスムーズで近いように感じます。しかし、全盲の人からは、『直角のほうが方向を取りやすく、安心して歩きやすい』という意見が出ました。そこで実験してみたら、誘導ブロックを曲線的なレイアウトにするよりも、直線的なレイアウトにしたほうが、早くかつ確実に目的地に到着するという結果が得られ、全盲者にとっては直線的なレイアウトのほうが有効であることがわかりました。

そのほか、トイレの前のマットを踏むと、音声で『トイレです』と案内する仕組みを考えたことがあるのですが、これは不評でした。理由を聞くと、視覚に障がいのある人が方向を判断するときは匂いや風などを頼りにすることも多く、具体的に案内する音声はあまり必要としないそうです。

研究開発には実際に利用する当事者とのコラボレーションがとても大切で、当事者から本当に喜ばれるものを作り出したいと思っています。」
       

さまざまな立場の人の利便性を考慮し、共存させられるデザインを探る



――今回の研究にも、ユニバーサルデザインの視点は導入されているのでしょうか?
「はい。視覚障がい者のスポーツイベントといっても、サポートする人や観客は晴眼者が多数です。なかには車いすのユーザーや他の障がいがある方もいらっしゃるでしょうから、幅広い人の利用を想定したデザインにすることは欠かせません。

例えば、道路に敷設された誘導用ブロックは視覚障がい者にとって必要なものですが、一方で車いすユーザーからは『凹凸が乗り越えにくい』といった声も聞かれます。

また、視覚障がい者には『見えにくい』という弱視の人や、赤と緑など色の識別が難しい『色覚異常』の人もいますから、ブロックの色も慎重に選ぶ必要があります。『視覚障がい者にとって大切な通路』だと視認しやすく、かつ環境にもマッチし、違和感のないカラーリングが求められます。

さまざまな立場の人の利便性を考慮し、それぞれを共存させながら、幅広く受け入れられるデザインやレイアウトを探っていく必要があるのです。」

――それぞれニーズも異なるので、すべての人にとって快適なものを実現することは難しいですね。
「そうですね。バリアフリーへの対応では、社会のなかで実際に起こっていることを複合的、横断的に解決する意識が必要です。一気に誰もが満足する正解を見つけることはハードルが高いですが、常に意識はしておかねばと思っています。

例えば、この研究で使っているゴム製のブロックは柔らかいので、車いすが通るときは凸部が簡単に引っ込み、通行の邪魔になりにくいです。つまずいて転倒する危険性も低いと考えられます。

それから、これはまだアイデア段階で、今回の研究とは異なりますが、視覚障がい者用の誘導ブロックが停電など緊急事態には発光し、避難路を示すようなデザインにすれば、晴眼者にとっても有用なものになるのではないか、といったことを考えています。」

――なるほど。ひとつのブロックが多様な人たちに多面的かつ有効に使われる、それこそがユニバーサルデザインなのですね。最後に、研究について今後の予定を教えてください。
「まずは、これまでの調査や実験結果をもとにして、2019年の夏までに誘導ブロックレイアウトを自動生成するプログラムの基本モデルを完成させて、さらにシミュレーションや検証を重ねていきます。

実際に施設にブロックを敷き、視覚障がい者に歩いてもらい、歩行スピードや心地よさなどを数量化、そのデータをもとにさまざまなレイアウトを組み合わせ、それぞれシミュレーションをして最適なものを探っていき、自動生成の精度を高めていきます。その検証データによって何らかの解を見出し、最終的には2020年の秋頃に論文としてまとめたいと考えています。」
   
画像:施設における誘導ブロックレイアウトのシミュレーション例

――組み合わせはかなりの数になり、一つひとつ検証するのは大変ですね。
「そこに、AIが役に立つのです。当事者の声は大事にしますが、実験のために負担をかけるのは本意ではありません。当事者から得られたデータで基本のモデルを作ったら、あとはAIを使って多種多彩な組み合わせを検証していきます。AIなら、何千、何万パターンでも疲れることなく歩いてくれますからね(笑)

さらに、作業時間や敷設に必要な人数などをシミュレーションしながら、ブロックの配置作業のコストや労力をできるだけ軽減したレイアウトも検証し、利用者にとっても施設運営者にとってもより最適なレイアウトを自動で生成できるプログラムの開発を目指したいと思っています。」

――東京オリンピック・パラリンピックの大会中や大会閉幕以降、この研究成果がどのように活用されることを期待されていらっしゃいますか?
「自動生成プログラムを東京2020大会の開幕までに完成させ、会場で実際に活用されることが目標です。大会後も、レガシーのひとつとして将来的に社会に広がり、視覚障がい者の暮らしや環境改善に少しでも貢献できればと思っています。」

――本日はありがとうございました。
    

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