【2020×TOYO】誰もが暮らしやすいバリアフリー社会の“インフラ”を考える

2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックは、都市インフラのバリアフリー化を進める契機と言われています。

東洋大学では、この東京2020オリンピック・パラリンピック、さらにその先の未来を見据えて、「東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成制度」が設けられ、現在8つの研究が進められています。今回はその中のひとつ「パラリンピックを契機としたさらなる都市施設のバリアフリー化を推進する合理的配慮と新たな基準提案」をテーマにしたプロジェクトについて、同プロジェクトの研究代表者である、ライフデザイン学部人間環境デザイン学科の菅原麻衣子教授にお話を伺いました。

障害の有無などに関わらず、誰もが暮らしやすい都市を実現するためには、どのようなインフラが求められるのでしょうか?

シリーズ【2020×TOYO】とは?
アスリートが最高の結果を出すために、そしてすべての人が幸せに生きる社会をつくるために。2020年に向け、東洋大学ではオリンピック・パラリンピックを推進し、2020年以降の社会に貢献するべく、さまざまな研究が行われています。このシリーズでは、それらの研究の一部を皆さまにご紹介していきます。

持続可能な「まちづくり基準」と「合理的配慮」とは


画像:東洋大学 ライフデザイン学部 人間環境デザイン学科 菅原麻衣子教授

――はじめに、同プロジェクトの内容について教えてください。

「1964年の東京オリンピック・パラリンピック当時は高度経済成長期の真っただ中であり、高速道路や新幹線、大規模団地や各種公共施設など、インフラの整備が相当に進みました。それに対し2020年大会を控えた現代は、地球規模のレベルで社会環境の持続可能性が求められ、既存の建物をいかに活用するか、また新しく建設されたものでも地球にかかる負荷をいかに抑えるか、そういった観点からの都市や社会の成熟化が求められています。

その都市や社会の成熟化の中で、『障害のある人たちの視点を共有する』、それが私たちの研究スタンスです。障害者スポーツの祭典であるパラリンピックが大成功をおさめたとされるロンドン、リオに続き、東京にも大きな期待がかかっています。それは大会そのものだけでなく、大会を機とした都市環境のバリアフリー化も評価されます。私たちの研究ではこのパラリンピックに注目し、建物、交通、そしてモビリティまでを含めた都市環境全体のバリアフリー化をテーマにしています。そして、この機運を一過性のものとせず、2020年以降のまちや施設のハード面、人々の対応や意識といったソフト面の改善を目的として、最終的には持続可能な新しい『まちづくり基準(ハード)』と『合理的配慮への対応策(ソフト)』を社会に提案することを目指しています。

プロジェクトのメンバーは今年度8名です。私のような建築分野だけでなく、都市計画、交通工学、また車いすや高齢者向けのシニアカーといった移動支援機器など、幅広い分野で横の連携を取りながら研究を進めています。この8名に共通するテーマが、『障害のある人の生活・社会環境の向上』です。車いすユーザーのメンバーも1名参加し、当事者目線からの分析や評価も取り入れています。」

――多様な視点、また当事者の視点から、ハードとソフト両面のバリアフリーについて考察されているのですね。テーマにある「合理的配慮」は、あまり聞き慣れない言葉なのですが、具体的にどのような意味なのでしょうか?

「『合理的配慮』は、このプロジェクトにとって重要なキーワードです。この用語の定義は、2016年から施行された『障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)』(*1)に示されています。内閣府が作成したリーフレット(*2)を参照してみましょう。合理的配慮とは…

…障害のある人から、社会の中にあるバリアを取り除くために何らかの対応を必要としているとの意思が伝えられたときに、負担が重すぎない範囲で対応すること…

と説明されています。具体的な場面を挙げてみたほうが、よりわかりやすいかもしれません。たとえば、レストランやスーパーなど、入り口に数段でも階段があると、車いす使用者の多くはひとりでは入店できません。とはいえ、店舗側に階段昇降機やスロープの常設を求めるのは改修費用もかかり、負担がかかりすぎる場合があります。そこで、入店したいという申し出があった場合、何人かの店員で階段の上り下りを介助したり、携帯スロープを店員がその都度階段に渡したりすることが合理的配慮です。また別の例を挙げると、聴覚障害のある人の情報保障として、受付や接客にあたり手話通訳者の常駐は人件費の負担から難しく、そのような要望には対応できないけれど、聴覚障害のある人が来店し、コミュニケーションを求められた場合はスタッフが筆談で対応するといったことです。

このような対応が、ごくあたりまえに、自然になされることが理想的です。しかしながら、実際には、何をしたらよいかと気になりながらも声をかけられない、面倒を起こしたくないから見てみぬふり、誰かが助けるだろうと他人任せ……といったことになりがちです。そうではなく、私たちはこの『理想』があたりまえとなる社会を目指し、障害理解や互いにコミュニケーションをとることの重要性について発信し、その啓発に向けた具体的な方策を示していきます。」

*1)障害を理由とする差別の解消の推進(内閣府)
*2)「合理的配慮」を知っていますか?(内閣府)

――たしかに、お金をかけなくても自分たちで行えるバリアフリーもありますね。

「合理的配慮をしていれば、お金のかかる環境整備はいらないんだ、というものではありませんが、ハード面の基準である『バリアフリー法』はあるものの、その適用範囲は建物も交通機関も、一定規模以上のものに限られているのが実状です。また建物用途も限定的です。日常生活でもっと身近な施設である飲食店や美容院といった小さな店舗のバリアフリー化は遅れているところが目立ち、地方に行けば行くほど顕著です。こうした日常的なバリアフリー化を進めていくきっかけになればと思っています。」

――なぜ、公共施設や大型店舗と、それ以外の店舗とで対応に差が生まれてしまうのでしょうか?

「法律の限界が大きいです。2014年『障害者の権利に関する条約』の批准や2020大会を契機として、バリアフリー法の改正が行われました。しかしながら、バリアフリー整備の対象範囲が広げられることはありませんでした。自治体の中には、身近な施設や小規模な施設も対象に含めていこうとする動きがみられますが、こちらも関心や意欲のある自治体に限られます。

必要なのは、建物用途や面積によらず、すべての建築物を対象とした整備基準が示されていなければならないということです。障害のある人がふだんの暮らしの中で、身近な施設をあたりまえに利用するといったことが、日本の中ではまだまだ難しく遅れを取っています。そのような現実を直視しなければなりません。」

――なるほど。日常生活にフォーカスした新しい基準を提案して、バリアフリー化をもっと広く浸透させようということですね。

誰もが平等に“使えて行ける”社会へ

――研究はどのように進められているのでしょうか。

「研究は2018年度にスタートしました。各先生の専門分野に関する豊富な実績を踏まえ、4つのプロセスで進めています。

1つ目は現状を理解するための『北区と渋谷区における小規模店舗調査』です。2018年に約130軒の飲食店や小売店などで店内のバリアフリー化状況をチェックしました。また、店員さんを対象に、普段の接客の中で障害のある人たちにどのような対応や配慮を行っているか、聞き取り調査を行いました。得られたデータをまとめて分析を行い、現在は地域や日常生活レベルでの基準づくりへと進んでいます。

2つ目は『北区・渋谷区における小学生への調査』で、こちらも2018年に実施しました。主に障害のある人やバリアフリーに対する“気づき”に関して6年生を対象にアンケートを取りました。4年次に総合学習の中で学ぶユニバーサルデザインや、ここ数年行われている“オリパラ教育”の効果もあるのか、比較的多くの子どもたちは高い意識を持っていることがわかり、学校教育の重要性を感じました。将来を見据えた人材育成や社会の価値形成といった点でも大事なことです。

3つ目は『合理的配慮に関するワークショップの効果検証』です。2018年度は江東区をフィールドとし、障害のある人が運営するNPO団体と連携をとり、主に区民を対象とした合理的配慮に関するワークショップを実施しました。また2019年は東洋大学の学生を対象としたワークショップを複数回実施し、すべて異なる種類のプログラムで進めることでそれらの効果検証と比較分析を行っています。合理的配慮の理解をより深めることができ、そして行動に移すことができる効果的なプログラム内容を抽出し、社会に提案できるようまとめる予定です。

この研修プログラムの作成は、今回のプロジェクトの大きな特徴であり、私たちならではのオリジナリティのあるプログラムを作成するために試行錯誤しているところです。」


画像:上記図は、合理的配慮を啓発する「東洋大学ユニバーサルデザインコミュニケーターズ(Toyo-UDC)」(仮称)のプログラム構築をテーマに、同プログラムの提案を図式化したもの。「障害や合理的配慮を理解した学生たちが社会に出て活躍することは、共生社会を築いていくことにも大きく貢献する」と菅原教授は話す

――このプロジェクトならではの研修プログラムとは?

「バリアフリーや障害のある人たちのことを考えるとき、日本では『大変な人たちのことを助けてあげましょう』といった、いまだ『施し』や『庇護』といった観点で語られがちです。しかし、世界の方向性は、『誰もが平等に使える・行ける』といった権利保障の観点が主流です。『障害の社会モデル』といった考え方が日本でも広まりつつありますが、それは障害が個人にあるのではなく、社会がバリアをつくっているといった考え方です。社会の整備や理解が不十分だから、他の人たちと同じように使えない、行けない、そのようなことを社会に強いられている……つまり、『整備や理解を進展させていくことが、平等や人権の観点から大切だ』といったことに気づき、理解を深め、行動に移せる、世界の潮流にのったプログラム開発を目指しています。

とはいえ、日本は文化・歴史的に、個人の権利を主張するより、調和を重視し、多数派から外れると異質なものとされがちな社会です。また、障害者と健常者とふたつに区分しがちですが、実際は『障害』といってもその状態も程度もさまざまです。障害者はいつでも助けが必要ということでもありません。健常者が障害者に助けられることもあります。現に、私は研究メンバーである車いすユーザーの先生から、研究の面でよく助けていただいています。こちらとあちらといった線引きをするのではなく、同じ人間として、自分はあたりまえにしていることが、社会のバリアのせいで〇〇さんができないのはおかしいよね、どうにかしたいよねといった感覚をいかに社会の中で共有していけるかが大切だと、私たちは考えています。」

障害の有無にかかわらず互いを尊重する社会の実現を目指して

――パラリンピックは障害のある選手のスポーツの祭典であり、世界中からさまざまな障害のある選手や観客が集まります。パラリンピックを通じて、多様性を体感することができますね。

「そう期待しています。交通機関や各種施設のバリアフリー化はこれまでも進められてきましたが、大会に向けてぐんとスピ―ドアップしています。しかしながら、ホテルの整備が遅れている、UDタクシーの運用がスムーズにいっていないといった問題も挙げられています。まだまだ気を緩められません。そして、私たちはこの動きが一過性のもので終わらないよう、大会後にどうつなげていくかという点を重視しています。」

――では、4つ目のプロセスは何でしょうか?

「過去のオリンピック・パラリンピック大会である、『ロンドン、平昌におけるレガシー調査』です。大会の成功と共に、レガシーの面でも世界的な評価が高いロンドンは2018年に視察しましたが、確かにその評価の高さを実感させられることと、一方でいくつかの課題も見えてきました。

たとえば、ロンドン交通局には2012年大会以降も、平等や多様性に関する担当部署が継続して設置されており、当事者の意見を聞く仕組みや事業者向けの研修プログラムを充実させようといった取り組みが、現在も続いています。このようにレガシーの運営主体が確立され、継続されていることは、大会の経験が引き継がれ、しかもアップデートされていく点でとても重要です。ハード面では、ロンドンの地下鉄は古くて狭いといったバリアフリー化がとても厳しい条件を持っていますが、さまざまな工夫や人的資源での対応がみられます。例えば、駅のホームと電車との段差はホームに緩やかな高低差をつけ、高い部分からなら車いすでもそのまま電車に乗り込めるようにするといった改修や、駅員スタッフによる乗降時のサポートなどが挙げられます。


画像:ロンドンの地下鉄。駅のホーム側の高さを調整し、高い部分からならばそのまま車いすでも乗り込めるような設計になっている。厳しい環境条件下での対応策

ホテルも同様です。ハードの整備に加え、情報の集約化も進んでいました。とある検索サイトでは、ホテルのアクセシビリティについて詳細な情報を提供しています。たとえば『車いすユーザー向け』や『聴覚障害対応』など、細かな希望条件を入力すると対応可能なホテルが1つのサイトで探せます。さらに、その検索結果で出たホテルの情報について、単に「広いです」、「あります」だけの説明ではなく、『トイレのドア幅は〇cm』『浴室の洗面台の高さは〇cm』など、具体的な数字を示したデータ提供や、写真も多数掲載されているので、実用性、利便性が高いサービスだといえるでしょう。」

――実用性や利便性が高い「情報提供」は重要ですね。

「そうですね。『バリアフリー対応』と掲げるホテルに行ってみたら、浴室ドア幅が狭かったり、洗面の位置が悪かったりして中に入れない、使いにくいといった問題も聞きます。ロンドンと比べると、まだまだ改善しなければいけない点はたくさんあるのが現状です。

一方で、ロンドンでみられた課題としては、現地の障害者団体3団体にインタビューを実施しましたが、さまざまな見解を伺いました。確かに障害や障害者に対する社会的な関心が高まったり、深まったりしたプラスの側面もありますが、雇用や教育といった社会生活の主要な場面では、まだまだ不平等や偏見といった基本的な問題が残っているとのことです。ひるがえって日本では、2020大会というビッグイベントの効果を、日常生活にどう落とし込むか、どう切り込んでいけるかが問われます。

また、他国に学ぶことも大事ですが、日本や日本人ならではの性格、価値観を強みに変え、生かしていくことも大事です。たとえば、日本ならではの細やかな配慮やモノづくりの技術の高さは、トイレのデザインにみられます。世界を見渡しても、ここまで丁寧に、多様な利用者を配慮したトイレ設備をデザインしている国はないと断言できるほど、世界有数のものといえるでしょう。日本の歴史的背景や文化といった文脈の中で、変えていくべきものを変えていくことが大切なように思います。」

――プロジェクトの今後の目標や展望を教えてください。

「2019年の7月には草案を完成させ、半年でブラッシュアップし、2019年度中には基準を作成して、自治体などに参考にしてもらえるようアウトプットしたいと思っています。

私たちは2020年以降の社会に重きを置いています。パラリンピックをきっかけに人々のバリアフリーに対する関心が高まり、その体験からより身近な日常生活での気づきにつながることが重要です。

『あの人たち大変だね』や『助けなければ』ではなく、誰もが『したいことをできること』『一緒に楽しめること』がとても大切ですし、人間社会のあるべき姿だと思います。障害の有無によらず、一人の人間として互いを尊重する社会の実現に向けて、このプロジェクトが一助となればと願っています。」

――2020大会のレガシーとなり得るご研究だと思いました。今日はありがとうございました。

 
<プロフィール>

菅原 麻衣子(すがわら まいこ)
東洋大学 ライフデザイン学部 人間環境デザイン学科 教授

博士(工学)。一級建築士、福祉住環境コーディネーター資格など取得。建築学、都市計画・建築計画、バリアフリー、ユニバーサルデザイン、インクルーシブ教育などを専門とし、主な研究テーマは「建築とまちのバリアフリー・ユニバーサルデザイン」、「障害当事者主体のまちづくり」など。おもな著書に、『医療的ケアの必要な児童生徒の学校生活からみた建築環境ニーズ』(共著)医療福祉建築、『利用者本位の建築デザイン事例でわかる住宅・地域施設・病院・学校』(共著)彰国社など。

■東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成制度
東洋大学では、2017(平成29)年度からオリンピック・パラリンピックに関する特別プロジェクト研究助成制度を設け、「ライフイノベーション(食・健康分野における科学技術)によるアスリート育成」「バリアフリーの更なる発展(パラリンピックを契機とした障がい者スポーツの発展と共生社会の実現)」など、その研究成果がオリンピック・パラリンピックへの貢献につながることが期待される学内の研究プロジェクトに対し研究費を支援し、積極的に研究活動を推進している。

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